42.写す






不毛な自殺未遂をしたあの日以降、椿の心身を案じた柚谷の提案により、椿は彼の家で世話になっていた。
橙眞由美の持っていた能力は椿の身体に違和感なく根付いたようであるが、それで以前までの能力が消え去ったというわけでもない。
柚谷は椿に接触するのは避けているようであるし、また為肉の仕事もそれらの声の少ない夜中に極力取り組んでいるようであった。
「椿、こんなところで寝たら身体によくないよ」
「ああ」
どうよくないというのだろう、と思いながら、ソファから身を起こす。
柚谷も同じように思いながらも他に適当な言葉が見つからないのかもしれない。彼の態度はどこか、腫れ物に触るかのようだ。自分が彼にしたことを思えば当然なのだろう、と椿は思う。彼の尊厳を虐げながら、大した罪悪感も抱かずにいる。あのときは正常な心の状態ではなかったのだ、と言い訳するのは狡くて簡単だとしても、もう少し罪の意識を持ってしかるべきなのでは、と自分自身のことなのにまるで他人事のように感じる。永久に等しい命に縛られたことを罰として受け入れても、どう生きていくのかを決めかねている所為なのか、それとも能力自体によるものなのか、以前よりさまざまなことが気にならなくなっている。だからこそ、自我を損なわずに保っていられるのかもしれないが。
「そろそろ橙眞が来る時間だな」
壁掛け時計を見て、柚谷に言う。椿がこの家に滞在するようになってから、橙眞が柚谷に料理を教えにくるようになっていた。俺一人なら何を食べてもいいけど、とそのことに対し柚谷は言葉を濁していた。体調を崩すことは、ほぼ有り得ないのに、彼はいやに気を遣う。
橙眞と関わることに、椿に何ら特別な感慨や感情はなかった。彼の言葉に苛立つこともあったが、いまとなっては全て事実であったので。だが、それも彼と正面切って向き合おうとしていないだけのことで、心の片隅に何かささくれて引っ掛かるような部分がないとは言いきれなかった。過去がどうということではなく、自分たち三人の関係において、彼の存在が異物として感じられるのだ。時間が経てばそんな違和感も自然と消え失せるのだろうか。
こんこん、と扉をノックする音が聞こえて、次いで鍵の開けられる音。橙眞は合鍵を持っているのだ。
ならば何のためにノックするのかと柚谷が尋ねたときには、「一応人様の家だからなと」と橙眞は答えていた。
ちなみに合鍵を持っているのは、料理の下準備をすることがあるから、という理由らしい。料理のことはあまり詳しくはないので、椿にはそのへんはよく分からない。ただ柚谷がいないときに、彼が野菜の下ごしらえをしたり、粉物を捏ねて寝かせているのは見たことがあった。このあいだ、たまたま放映していた料理番組でもそうだが、料理を段取りよく教えるのも大変らしい。
「こんにちは」
扉が開き、橙眞が顔を覗かせる。その表情はとてもにこやかなもので、彼の肩には見慣れないものが乗っていた。
細い、子どもの足だ、と認識してから、上を見る。
「草慈、どうしたんだ、その子」柚谷の声。
「うーん、なんていうか、うちの子?」
首を傾げる橙眞と、困惑した面差しの柚谷と。それは演技には見えなかった。柚谷はちらとこちらを向いて、「椿、ちょっと親父のところに行って、さっきの書類取って来てくれないか?」と、言った。彼が椿に頼み事をすることはまずないのだが、素直に頷いて橙眞の横を通るように外へ出た。すれ違い様、子どもの無遠慮な視線を感じた。

その顔はあの子どもと生き写しのようだった。






草慈と子どものために温めた牛乳をマグカップに注ぎ、千尋はソファに腰を下ろした。
「君んとこの子って、どういうことだ?誰が産んだ」
「そんなにかりかりしてどうしたんだ?誰が産んだ、って、俺の知らない人かな」
まだあまり言葉も分からないみたいだから良かったけど、そんな話は子どもの前でするものじゃない、と草慈はマグカップに口をつける。千尋は眉を顰め、自分の分はいれなかったので、どこか手持ち無沙汰な手のひらを握りしめた。先程の椿の顔を思い出す。顔色に変化はないのに、目が光をなくしていた。死人は目を開かないし、彼はそれとはかけ離れたところにいるはずなのに、まるで死人のようだと矛盾したことを思った。せっかく安定しかけていたのに、と、目の前の子どもを睨む。
「それはいったい何なんだ?」
「柚谷も会ったことがあるだろ、鳥越くんだよ。心身ともに若返った」
「若返った?どうやって」
「不死の血を飲んでさ。冗談で言ってるんじゃなく、瑞樹がそうした」
瑞樹、というのは彼の弟の名前だ。橙眞由美の実の息子で、以前の彼女のものと類似した能力を持つESPだ。
「そんなことが可能なのか」
「可能だから、此処に居るんじゃないか、この子が」
柚谷、好きだろうそういうの、と草慈は隣にいる子どもが牛乳を飲むのを微笑ましそうに眺める。
子ども好きかこいつ。確かにとても興味があるし、肉質を計ってみたいだとか思うところはあったが、いまはそれどころではない。
「今日はかまわないが、今度から連れてこないでくれ。椿に悪影響だ」
「どうしてこの子が悪影響になるんだ?」
「この顔は駄目なんだ、いろいろと、わけがあって」
上手く説明できないでいると、草慈は笑みを浮かべながら子どもの柔らかそうな髪を撫でた。こいつ知っていながら連れて来たんじゃないか、とさえ考えてしまう。そんなはずはない。彼はあのときの当事者でないのだ。
子どもが牛乳を飲み終えるのを待って、草慈は立ち上がった。
「歓迎されていないのは分かったから、今日は帰るよ」
綾城によろしく、と心にもないことを言い、子どもの手を引く。それを見て、俺も椿を迎えに行こう、と千尋は思った。






あの子どもの夢を見た。
もういなくなったものとばかり思っていたが、薄暗い物陰にひっそりと子どもは立っていた。
前は首だけで黙ってこちらを見つめていたのに、久しぶりに再会したら胴体しかなかった。首は何処へ行ったのだろう。けれど、その子どもがあの子どもであることは不思議と分かった。
首。
今日橙眞が連れていた子どもの首がそれなのだろうか。同じ顔をしていた。何処かですり替えたのか。
いや、あの子どもは生きていたのでそんなはずはないだろう。ちゃんと繋がっているようにも見えた。
自分がまともにものを考えられているのか、不安になる。そもそも、同じ顔の子どもがいるわけがない。本当は全く違う子どもに、あの子どもの顔を重ねてみていただけなのかもしれない。しかしそれにしては、きちんと繋がっていた。思考が堂々巡りしている。
夢など気にしなければ良い。
だが、子どもの存在は夢でないのだ。いまもそこにいる。膝を抱えながら、時々体全体を揺さぶるように。
「つばき」
誰か、
柚谷の声、か?

「魘されていたようだけど、大丈夫?」
薄暗い寝室。まだ夜だ。柚谷は作業着を着ている。仕事をしていたのだ。
彼は椿の視線に気がついたかのように、「忘れ物を取りに来たんだ」と微笑した。
「柚谷」
「うん?」
「血が、ついてる」
脇腹辺りに、点々と僅かな色。彼は目を見開いて、それから、参ったなという苦笑を浮かべ。
「ああ…さっきひとり産まれて」
「産まれて」
「じゃあ、行くよ」
詳しい説明はせずに、柚谷は背を向ける。椿は起き上がり、扉が閉まるのを見ていた。ただ、今日は殺してはいないのだな、と思った。彼は出荷と称して、何食わぬ顔でそれらを送り出す、若しくは切り分けるので。それが出来る人間なのだ、柚谷は。何度考えたことなのか、分からない。彼はそれが仕事なのだし。椿自身は仕事どころか、自分が堪え難いと感じ、人を殺めたこともあるのだ。批判出来る立場にはない。分かっていながら、分かっていない。
ひとつ言えるのは、柚谷ならあの子どもに首の一つも持って来てくれるだろうということだった。
しかしあの子どもを喉に流し込んだのは自分だ。それなら、首を探し出すのも自分の手でやらなければならないだろう。柚谷に甘えてばかりもいられない。子どもは、そこにいるのだし。だが、そんなちょうど都合良く首など落ちていない。どの首も、胴体がついている。
まずいな、と椿は思った。だいぶ思考がまともでない。首だけの存在など探しても見つかるはずがない。
だけれども、と柚谷の脇腹についた染みを思い出す。新たに数を増やすことは出来る。子ども、そう子どもだ…自分の血の入った子どもなら、首を切り取っても生きていられるだろう。どこをどうやって、再生するのかは分からないが、死んでしまうことはないはずだ。
子どもをつくる。
椿には、それはとても素晴らしい考えのように思えた。首をなくした子どもへの償いとしても、適切だ。

しかし、いくら特殊な能力を持っているとはいえ、自分一人で解決出来る問題ではない。
子どもは女性にしか産むことが出来ない。
椿は考えた。





草慈は担当教授にレポートを提出して、大学から帰る途中だった。
同じ研究室の学生からは夕食に誘われたが、食事をする面子が増えた分、冷蔵庫の中身が寂しくなってきていたので、買い物に寄って行くからと断った。
新鮮な野菜が安く売られているスーパーに向かう最中、草慈は椿の姿を見掛けた。
彼が街中にいるだなどと、そうはないことだ。近くに千尋の姿を探したが、見当たらない。ひとりで出て来たのだろうか。
とはいえ、関わり合いには一切なりたくなかったので、早々にその場を後にした。






ある日の午後一時過ぎ。暖房をつけていても、手足など身体の末端に冷たさを感じるような日だった。
昼食を食べ終えた椿が外出の支度をしているのを、千尋はなんともなしに眺めていた。
一人で出掛けられるくらいに、彼は回復した。たまには外の空気を吸った方が、いい気分転換にもなる。
無論、一緒に行くべきでないのか、と判断に迷うところもあった。小さな子どもでない彼に危害を加えようだなどという酔狂な輩はそうそういないだろうが、彼はまだ精神的に十分に安定しているとは言い難い。それでも、干渉のし過ぎで疎ましがられるのが嫌で、口を噤んでいる。
椿はれっきとした大人だ、大丈夫だ。千尋は自分に言い聞かせた。身体のつくりが変わったとはいえ、椿はあれ以来取り乱すこともない。しっかりしている。
「柚谷」
顔を上げる。椿は言った。
「これから…少し外出する機会が増えるかもしれないが、心配しなくていい」
「どこか行くところでも?」
これも干渉だろうか、と内心彼との距離の取り方に戸惑う。興味のない相手なら、いくら嫌われようともかまわないのだが。
「女性と少し、付き合うことにしたんだ」
「つきあう、」
…椿の言葉に千尋は目を瞬かせた。彼の放った言葉の意味を上手く掴めないまま、その整った顔を見つめる。
つきあうことにした、つきあう、付き合うって何だ?だれと、女性って言ったのか。男女関係を持つということか?椿が?
動揺、混沌、動揺。ここしばらく平穏だった所為なのだろうか、ちぐはぐな思考、干されたような突っ張るような喉の渇き。
なんだ。椿は女性と付き合うことにしたのか、そうなのか。しかしそれはどういうことを意味しているのだろう。
「柚谷?」
何か言わなければと千尋は考える。まず、これは非難するべきことなのだろうか、それとも祝福すべきことなのだろうか。俺は椿に好意は伝えてはあるはずだ、断られはしたけれど、とそこでより目まぐるしい混乱に見舞われる。確かに友人としてともに暮らしてはいるが、いやだからこそなのか、椿の告白は容赦がなさすぎるのではないか。どうしてそんなことを自分に伝える必要があるのだろう。ええとそうか、俺が心配するからか。心配しなくていい、とだからそう言ったのか。
そして、
「安全な女性なのか?…そのひと」
やっとの思いで千尋は言葉を絞り出した。口にしてから、言うべきことはそれじゃないと遅れて思考がやってくる。なら何を言えばよかったのか。椿は、しんなりと微笑して頷いた。
「ちゃんと紹介してもらったんだ」
「そうなんだ」
「ああ、そろそろ行って来る」
ついつい微笑み返して見送り、扉が閉まるのを確認してから、千尋はすっくと立ち上がった。

自分以外に誰もいない、寒々しい室内を見渡す。

何が起きたのか、理解出来ない。
付き合うと、彼は女性と付き合うことにした、と言った。何のために。自分の好意が透けて見えるのがいやで、遠回しに諦めろと再度言われてしまったのか。いやしかし、椿ならもっと直接断りを入れて来るのではないか。そもそも千尋とて、椿のことはちゃんと友人として見ているつもりだった。潔く諦めて。いまある好意も、友人としての好意のはずなのだ。確かに、椿との間に如何わしいことがあったときには、動揺もしたが。なら、そのままの意味なのか。大体、紹介だなどといったいどこのどいつが、何の目的で。いや、この際目的などそういったことは関係なく。

しばらくあとか、そうでないのか…聞き慣れた調子のノックとともに扉が開いて、
「こんにちは、さっき綾城とすれ違ったけど…」
草慈が顔を出した。こいつほんとろくなタイミングで来ないな、と千尋は思い、目を伏せる。それを追うように、彼は長身をほんの少し屈ませて、千尋の顔を覗き込んだ。いまの表情をみられるのが嫌で、
「近い、見下ろされるのは好きじゃないんだ、離れてくれないか」
突き放すように言い捨てる。自身も背丈は決して低い方ではないので、見下ろされることに対しての抵抗感もあった。
「柚谷はすぐに顔に出るからな」
草慈は穏やかな日常にほどよく混じり合うような声で言った。室内なので水たまりはない。ただ、あのときよりもずっと距離が近い。
感情が昂り乱れて、目尻が熱くなるのを感じる。彼が伸ばした手が、千尋の後ろ髪を軽く遊ぶように撫でた。
俯いて、目の前にある彼の肩口に頭を乗せる。寄りかかるにはちょうどよい高さだった。
「椿に恋人が出来たらしい」口に出してみると、低俗な恋愛ドラマの台詞みたいで笑いたくなった。笑おうとした。出来なかった。
代わりに、なんだってそうなるんだ?と、喚いてしまいそうになった。じわじわと実感が押し寄せて来て、唇を噛む。
以前に断られたよりも今度こそ救いようがないように思えて、友人として想っているつもりながらも、わけがわからないくらい嘆かわしかった。一緒に暮らすことを受け入れられたことに、浮かれていたのは否定出来ないけれど。(それはもう一ヶ月くらい前の話になる。)それくらいの心の動きは許されてしかるべきだろう。(お前は此処から離れる予定はないんだろう?とも、椿は言った。)そうではなく、想定しておくべきだったのだ、こういう日が来ることを。少々早過ぎたとはいえ。(早過ぎる。もう少しゆっくり休んでくれていたって。)
ようやく友人として傍にいられると思ったら、このざまだ。どうして上手くいかない?椿が本音ではそれを望んでいないからなのか。
無論、今とて友人であることに変わりはないが、今後彼の隣には別の人間が寄り添う。(嘘みたいだ。けど椿は冗談は言わない。あんな趣味の悪い冗談は、口にするのも嫌うはずだ。)

これしきのことで、とは思う。これしきのことで、どうして悲嘆にくれる必要があるだろう。椿が生きていてくれるだけでも良いと考えればそれで済むことだろうに、心はぐずぐずとした腑抜けて萎れる。目も向けられない有様だ。
「やれやれ…千尋は手がかかるな」草慈のやんわりと低い声が耳朶を打つ。
「う、るさいな…」
肩口を借りながら、草慈には分からないだろうよと心の中で毒づく。
(こいつは微塵も椿のことを好きではないし、椿のことを好きな俺は馬鹿だとでも思っているんだろう)
実際…自分の馬鹿みたいな想像力のなさには、うんざりしてしまう。どうして、もっときちんと考えなかったのかと。椿のこととなると実に頻繁に馬鹿をやらかす。もっとちゃんと立ち回っていられたなら、多少は何かが変わっていて、椿も突如湧いて出て来た人間に取られることはなかったかもしれないのに。
草慈の手が、俯いた千尋の髪を撫でる。椿と暮らすようになってから、彼から触れて来ることもなくなり、あれらは一時の気の迷い、衝動的なものだったのだろうとばかり思っていたのだが…いまはそのささやかな温もりが、不甲斐なくも心地よく感じられた。相手が草慈でなければ、ふざけるなと払いのけているところだ。他人に慰めを求めるだなんて、まずいな相当慣らされているのかなと思いながら、彼の肩口に頬をすり寄せた。ああ、
「草慈はあったかいな…」
何故なのか、深い安堵を覚える。しかし同時に、椿の出掛け間際の微笑みが思い出されて、千尋は顔を顰めて草慈の服を握りしめた。
(畜生、いまの状態の椿に取り入ろうだなんて、図々しい女もいたもんだ…!) 出会ったこともない女性に対しては、罵りの言葉をいくらでも吐き捨てられたが、椿に対してはもどかしさばかりが募った。
(椿、椿は…どうして俺から離れて行こうとばかりするんだろう)傍にさえいてくれたら、傷つけた分も含めて大事にするのに。
「千尋…」
草慈の声に少し我に返って、顔を上げようと身体を離し…離そうとして、きつく抱き寄せられた。
「おい…」俺が勝手に抱きつく分には良いけど、君までそれに応えたら恥ずかしいだろう。そう言おうとして、彼が耳許で喋った。
「千尋は、自分のこと好いているかもしれない人間に対してこういうことするわけか?」
ましてや、一度抱かれたことのある男に。
付け足された言葉に、途端に身体が彼の剥き出しの熱を思い出す。それがいまひしひしと感じている体温と混じり合って、思考が一瞬焼け付くように熱くなった。
「それは、君の母上が勝手に言ってた、邪推してただけであって」
「随分都合の良い受け取り方をするもんだな。…なら、俺もそうするけど」
そして草慈は千尋の身体をより深く抱き寄せるように、腕に力を込め直した。千尋は身体を硬直させ、せめてもの抵抗をしようとばかりに口を動かしたが言葉が出てこなかった。思考停止の最中、頭の中が真っ白になっていることだけは認識出来た。
何か、何か言わなければ。
だが、彼はただ千尋の身体を抱きしめているだけだ、親しげに官能的に唇を寄せるでもなく。何よりも、千尋は自身がこの状態が嫌ではないと感じていることに気がついていた。全く似ては似つかぬ、かつての母の枯れた細腕を思い出すような僅かな郷愁と得体の知れない甘やかさが胸の内には生じつつあった。
行為のときの荒々しさとは違う、けれど全身に彼の温度を感じた。胸苦しくなるくらいに、乱れた心臓の鼓動が、彼に伝わってしまうのではないかとさえ思えた。
千尋は、恐る恐る彼の背に腕を回した。



外へと続く扉が薄く開いていたことも、それが静かに閉じられたことも知らずに。





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