38.ふたり






現状を素直に受け入れられたわけではない。
永久に等しい年月を生きられるようになっただなどと、聞かされ身体の造りを変えられて、そうですかと簡単に納得出来るほど柔軟な頭はしていない。
柚谷の顔にも、理解出来ないと書いてあった。
柚谷は、とんでもない鬼畜の所業も仕事と割り切り平気で出来るにも関わらず、それ以外の面においては純粋さや生真面目さも持ち合わせる男だ。頭が仕事に切り替わっているときであれば、自分の身体のことも面白可笑しく見たであろうに、近頃の彼はそれが下手なのか、涙すら流していた。彼の優しさは過去に植え付けられた不信感からどうにも信用出来ずに、また腹立たしさすら感じている部分もあり…そんなふうに今更振る舞うくらいなら…と思っていたのだが、以前の能力の名残か、落ちて来た涙とともにすとんと彼の存在が不思議と身体に馴染んだようだった。
情にほだされたのかもしれないが、死に際に泣いてくれるならそれでいいではないかと思えてしまった。万が一、足蹴にされようものなら、金輪際関わっていこうとは思わなかったに違いない。
今後、柚谷が考えを変えて自分を実験体にしたとしても、それはそれで彼女に与えられた報復…彼女にそんなつもりがあったかは分からない…の延長であって、何ら問題のないことのように思われた。自分の身体のことは納得したわけでなく、もうそうなってしまったわけで、そうでしか成り得なくなってしまったので、諦めるほかなかったわけだ。理不尽だと憤りたい気持ちは、自分の仕出かしたことを前に縮んでしぼむ。疲れたのかもしれないし、丸く収まったのかもしれない。罰を受けたい気持ちがあったのかもしれない。こんなことを口に出したら柚谷は何と言うだろうか。彼もなんだかんだで情にほだされるところがあるようなので、実験体云々のことを言い出しただけで怒り出すかもしれない。俺が椿の身体でそんなことをするはずがない、と。
以前までならそんな彼に対し、やりかねない、口先ばかりだ、と思っただろうが、いまはそうかもしれない、とも思えるようになった。彼女の能力を受けて、精神的にか物理的にかはともかく、考え方が変わったのだろうか。










物音がするなり一目散に駆け出して行った千尋を見送ったのが、もうだいぶ前のことだ。
それから無人の朝食の場に戻り、手つかずのフレンチトーストの皿…おそらく綾城のものだろう、の前に腰掛け、フォークとナイフで切り分けて食べた。喉が渇いたので、台所でミルクをコップ一杯汲んできて、手近な椅子に座って飲み干した。
「いつまでそうしてるんだ?」
床に向かって問いかける。すると返事が返ってきた。
「貴方こそ、どうして起こしてもくれないの?」
「てっきり、好きでそこで寝てるのかと」
「そんなんじゃないわ。ねえ、草慈、こっちへきて」
肩を竦める。
「貴女と俺との距離感はこれぐらいが適当だと思うな」
「もう…草慈、意地悪言ってないで、お母さんのところへ来てちょうだい」
腰を上げて、彼女の元へ歩み寄る。倒れ伏したままの彼女の傍らにしゃがみ込んだ。
栗色に美しかった髪には、白いものが混じっている。
「母さん、馬鹿なことをしたもんだ」
「必要なことだったわ。ねえ、少しはいたわりの言葉もかけようと思わない…?」
年老いた親に対して、と彼女は笑う。
「年老いたって言ったって、所詮四、五十程度でしょう」
「これまで若かった分、反動がおおきいの」
「そうですか。綾城は喜んでました?貴女の能力を貰えて」
彼女は目を閉じている。
膝に頬杖をつきながら、そんな彼女の骨筋張った手首を取った。
「ひとつ聞いても?」
「なあに?」
「貴女は俺を何だと思っていたんでしょう?」
目を開けないまま、息継ぎをするように、彼女は答えた。
「おかしなことを、聞くのね。あなたは、私の子どもだわ。ただ、そう、さっき逢いたかったのが、瑞樹だったというだけ」
「貴女が瑞樹でなく、俺を必要とするときなんてあるんですか?」
「ひとつ、って」
「けちくさいこと言わないでほしいな。ほら、母さん…、答えて」
折れそうな手首を一度、ほんの少しだけ揺さぶる。彼女は皺の刻まれた顔を傾けて、こちらを見上げた。そしてくすくすと笑い出した。
「何か可笑しいことでも?」
「いいえ。でも…草慈は私のこと、大好きなのね」
笑い混じり、冗談事のように言う。
やがて彼女は笑いを唇だけに留め、黙り込んだ。綺麗な人形が、歳を取ったらこんな感じなのだろう。(けれど人形は歳を取らない)。
そっと手首を放して、しわくちゃの彼女を抱き起こした。


場違いな、と思わしき電話の音が鳴り響く。
歩み寄って、受話器を持ち上げる。
「はい、橙眞です」
『ぼく』
「ああ、瑞樹。ちょうどよかった、知らせなきゃいけないと思ってたんだ」
声の調子を心無し上げて、口数の少ない彼との具合を合わせようと努める。先を促すように、沈黙する受話器。
「実は母さんが大変なことになった」
『具体的にどうぞ』我が弟ながら、緊張感のない返事だ。
「具体的…母さんはESPの能力を喪失し、一気に歳を取ってしまった」
『そいつは大変だ』
「頼む、瑞樹。冗談じゃない。わりと真面目に聞いてくれ」
受話器を人差し指でこつこつと叩く。懇願しながらも、自分の声が演技しているかのような白々しいものである自覚はあった。瑞樹とはどうも上手く話せない。案の定、切り返された。
『真面目に聞いてほしいなら、真面目に話すべきだ』
それを聞いて、おや、と思った。
…普段の瑞樹は、結構平坦にいい加減な喋り方をするのだが、今日に限っては尖って聞こえたのだ。
用件も聞かず、一方的に話し出してしまった所為だろうか。しかし瑞樹は、それほど短気ではない。
「俺の声が不真面目だったって?それは謝るが、あの…動揺してたんだ」
『別におかしなことじゃない』
「ならよかった」
常識的な瑞樹と話すと、頭の感覚、価値観とやらをチューニングされている気分になる。
『親子ならそんなもんだ』
「瑞樹にとってもそうだろう。彼女のことは」
殊更主張したことはないが、瑞樹自身知らないわけがない。聞いたことがなかったとしても、能力の類似で突き付けられるものはあったはずだ。
しかし瑞樹は間髪入れずに答えた。
『違うね。僕の母は、眞智子さんだけだ』
その声は先程までとは打って変わって通常の調子に戻っていて、余計、何とも言えぬ気持ちにさせられた。
「すまない、瑞樹。そういうつもりじゃなくて」
『うん。ところで、今日、新が来ているんだ』
話題の転換。話はぶつ切りにされ、その先端は別の変なところにくっつけられたようだった。あらた。ああ、瑞樹の友達だった彼か。
よくよく思い出してみれば、今日は泊まり客が来るだとか言っていた…それが彼のことらしかった。気が散っていて…詳しく聞いてはいなかったのだが、そのためご飯の準備も何もしていない。洗濯物も干していない。参った…参ったな、と思いながら、ブルーシートがひらひらと思考の裏にちらついた。彼の肉を断つときに、下に敷いた。死ななくても血は出るので。瑞樹と話していると、たまにそのときの感覚を思い出す。手のひらに握っていた包丁だとか、鋸だとかの取っ手の触り心地も。初めこそ嫌だったが、慣れるとどうということもなくなっていた。
『草慈』
「ああ、悪い。ちょっと、昔のことを思い出して。それで、ええと、友達が来てるのか」
『だいぶしっかりしてないようだから、ついでにその昔のこととやらを聞いてやろう』
瑞樹のやる気のない上から目線ならぬ口調を聞いてまた頭が少し戻る。高飛車と言い切るには勢いが足りない。
「いやでも、聞いて気持ち良い話じゃないよ」
『うむ』
瑞樹が覚えていない頃の話だ、と前置きする。
「俺は、死なないのを良いことに、瑞樹の身体を散々好き勝手したことがある、何度か」
受話器の向こうで、瑞樹が綺麗な碧の眼を緩慢に瞬かせているのが想像出来た。
この告白に何の意味があるのかは分からなかったが、母さんはしわくちゃに成り果て、柚谷…千尋も綾城を追って行ってしまい…無論、その始末は後でするつもりではあったが…、色々と億劫になってきていたのは事実だった。
『それは初耳だ』
「怒った方がいい、瑞樹」
『そうだけど、僕の周りの奴らは大抵僕の身体を好き勝手する。僕自身も手荒な扱いはしているし、慣れというものもある』
「それはよくないな」
『あらぬ誤解は受けたくないから補足するけれど、性的な意味を除いた純暴力に限る』
「性的な暴力は振るってないから、その点は安心していい。でも、すまなかった。もうしない」
『分かればよろしい』
沈黙。いまとなってはもうする必要がなくなった、と心の中でつぶやく。心の底から申し訳なさを感じるには、自分は捻くれ過ぎていたし、また瑞樹は非人間的でありすぎた。常識的な人格を認めながらも、彼の過去の姿を脳裏から消すことが出来ない。彼は心臓がなくとも、散り散りに崩れてしまっても、甦ることが出来る。彼は悪くない。あのときの恐怖を忘れられない自分が悪い。
『それで』
「えっ?」
『ユミさんは歳を取ったが、いますぐ死ぬというわけでもない?』
「あ、ああうん。そういう意味ではすこぶる元気だ。一日寝ていれば、明日には迷惑なくらい騒ぐだろう」
『そう』
いまのは、単に状況確認をしただけにも聞こえたが、瑞樹なりに心配した口振りだったのだろうか。
それから、その前の会話の内容を頭の中で思い起こし、彼は少々寛容すぎるのではないかと思うに至った。それで、と強引に話を持って行かれそうになってしまったが、自分の身体を好き放題したという告白に対し、あまりに頓着しなさ過ぎるのではないか。
「瑞樹」
『何?』
「俺が言うのも何だけど、瑞樹はもう少し自分の身体を大事にしたほうがいい」
執着が薄過ぎても、良いことにはならないだろう。ESPである以上は多少の慎重さは必要だ、その力の所為で普通でないことも起こりうるのだから。瑞樹の場合、能力自体を眠らせていた期間があるので、尚更自覚を求め難くはなっているわけだが。
『そう思うなら、早く帰って来るように。栄養が偏る』
「瑞、」
『バーイ』
電話は彼のふざけた挨拶とともに切れた。
瑞樹は本当にこんな人間に帰って来てほしいのだろうかと、戸惑いながら受話器を下ろした。




壁掛け時計は七時を示している。
「今日の夕飯はなしだな」
祭りで散々食べたのだからお腹が空くはずもない。無理矢理食べても、胃袋がきりきりと限界を訴えるだけだろう。
新はソファでクッションを抱きかかえ、瑞樹を見上げた。
「ねえねえミズキ。いまの電話の人だれ?おとうさん?」
「うーんと、おかあさんかな」
「うそ。だって男のひとの声だったよ。おかあさんは女のひとなんだよ」
向かい側のソファに腰掛けて、同じようにクッションを抱きかかえてみせる。
「新、毎日楽しい?」
「しろくじちゅうってこと?」
「否、一分一秒まではこだわらないけど。そんな言葉、よく知ってたね新のくせに」
「う、んと。おかあさんが、いってたのをきいたんだ」
「へえ、しろくじちゅう」
新はクッションに顔を埋める。病院の枕と似たようなものだろうに。
「新、あんまりよそんちのクッションに顔を埋めない方が良いよ」
「なんで?」
「自分のでないと、誰が何をしてるか分からないから。ばっちいかもしれない」
「ばっちい?」
新はきょとんとした顔で白いクッションをまじまじと見つめている。染みでも探しているのだろうか。この家のはまめに洗濯する人がいるので、あまり汚くないのだけれど。
手で触れても許されるのに、口を押し付けてはいけない…ことに対し、いまのは適当な説明になっていただろうか。あまり真剣に考えたことはなかったし、もしかしたら別にいけないことではないのかもしれない。ただ瑞樹自身としても、手はともかく口での接触は脅威だと感じる。喰い千切られるかも分からない。
「新は、どうして自分が病院で生活してるのか、親御さんから聞いた?」
「おれが頭の病気だからって、おかあさんはいってた」
「うん、そうか。新、頭はね、強く打つと死んじゃうこともあるから、大事にしないといけない場所なんだよ」
「ミズキはちがうんだよね?」
「僕も頭の病気かという意味なら、違うよ」
「ならどうして、おれは病気なの?病気って、わるいことなんでしょ」
新の臆病そうな瞳が、クッションの上からこちらを見つめる。
「それは新が、悪いものを食べさせられちゃったからさ」
「なおらないの?しんじゃうの?」
「死なないよ。ねえ、新、そろそろお風呂に入ったほうがいい、今から沸かすと二十分後くらいか」
クッションを下ろして、洗面所へと向かう。スイッチを入れて、リビングに戻ると、新が部屋の至るところにある植木鉢たちを突ついていた。
「ねえミズキ。ミズキの草げんきだね」
「僕はキミが鉢を抱えてるとすごく不安な気持ちになるよ」
「だいじょうぶ、ちゃんと、やれるよ、置けるよ」
睦月との遣り取りでも思い出したのか、ちゃんとやれるとか言い出した新は、そして見事に鉢を引っくり返した。
フローリングの床に土が零れる。
「ごめんなさい」自信なさそうな、泣き出しそうな面で、新はその場に正座した。
「…大丈夫だよ、新。ほら、これほうき。ほうきで掃こうか」
ほうきとちりとりを持って来て(基本的には掃除機だけど、こういうのもあると便利なんだと保護者が言っていた)、新にほうきを握らせる。ちりとりをかまえて、ほらほら、と促した。
「こう?」立ち上がった新は、ぎこちない手付きでほうきを動かす。
身体はそのままなはずだろうに、何故こうも不器用なのだろう。脳味噌が大事なのかなと瑞樹は首を傾げる。
普通よりもかなりの時間がかかったのち、床は綺麗になった。
「はい、よく出来ました」
新の頭を軽くぽんぽんと叩いて、植木鉢を元の位置に戻す。本来この季節に生育するはずのない植物は少しデリケートで、いまのは少々衝撃が強かったかもしれない。どうするかと瑞樹は新をちらと見た。子どもなりに傷ついて、しかしほっとした様子の新。
…多少のショックも必要か、と醒めた頭で考える。
「新、ちょっと見ていて。ただし真似はしないで」
「?なあに、ミズキ…」
戸棚の引き出しを開け、注射器を取り出しかけて、引っ込める。それよりか…痛いんだけどなあと考えながら、ケースに立ててあるカッターを手にし、手首をかっ切った。赤い水滴が込み上げてきて、白い手首を不規則に落ちる。目をまんまるに見開く新の前で、その手首を植木鉢の上にかざした。土に染み込んで同化する血液。
新が飛びついて来た。
「だ、だめだよ、ミズキ!いたいよ!」
むんずと鷲掴みにされる手首。新の手のひらに、血が触れる。彼は、はっと手のひらを開いて、それからぶんぶんと頭を振った。握りしめる力を強めて、前屈みに項垂れて、震える。
「だめだ、だめだよ…ミズキ」
「…なにが?」幼い声色に、息を吐く。
「こんなことしたら、しんじゃう。…おかあさんも、おんなじことしようとしたんだ」
頭の奥の方に鈍い衝撃が走る。先程の植木鉢もこんな気持ちだったのだろうか…半泣きの新の顔を見下ろして、瑞樹は眉を顰めた。…彼に掴まれたままの腕をゆっくりとほどく。
話そうとして、声がついて来ないような不安に駆られたが、口を開けてみればちゃんと声は出た。
「…だいじょうぶ、僕は新のおかあさんとは違うから、すぐに治る」
こんなことしたと知ったら、草慈は保護者面全開で怒るのだろうなと思いながら、でも証拠は何もないと傷の塞がる手首を晒す。初めは気味悪かったこの身体にも、随分慣れてしまったものだ。
「ちがでてない…」
唖然とした様子で、新はぺたぺたと手首を何度も触った。傷はただの継ぎ目になり、端から徐々に消えていく。
瑞樹はそんな新と自身の身体を眺めながら、もう少し傷が塞がるのが遅ければ、と考えた。
(新に血を舐めさせてみて、記憶が戻るかどうか試したかもしれない)
我ながらそれこそ気色の悪い発想だとは思ったが、可能性はなくもない。けれどそうしたところで、彼がどの時点の新に戻るのかは、分からなかった。
(僕には、新をこんなふうにした責任がある。全部が全部でないにしろ)

「……ズキ、ミズキってば!」
「うん?」
「おふろがわきました、ってきこえたよ」
「じゃあ沸いたんだよ。着替えは適当に新の鞄から出しておくからさ、入っといで」
もしこいつが着替えを持って来てないとか言い出したらどうしてくれよう、僕の服のサイズで入るんだろうかと半ば困惑混じりに考える瑞樹に、新は言った。
「えっ、ミズキも一緒に入らないの!?」
「はあ?」
十代半ば過ぎた男子二人が…何が楽しくて狭い風呂に一緒に入らなければならないのか。
いくらなんでも自分の図体の大きさへの自覚くらい持ち合わせていないのか。瑞樹が目許をひくひくさせながら新を見ると、新は何の疑問も持っていませんと言わんばかりのまんまるおめめで、主張した。
「だって髪はひとりじゃあらえないでしょ」
「僕は洗える」
「えっそうなの」
…瑞樹がこの瞬間に理解したのは、とにかく今日は新と風呂に入らなくてはならないらしいということだった。

わっしゃわっしゃと短い髪を掻き洗う。
リンスインシャンプーが目に入らぬよう、新は持参したシャンプーハットを装着している。
(何だこれ…)
手は動かしながらも、瑞樹はいまいち現状を認められないでいた。これ傍から見たら間違いなく誤解される。
「はい、流すよー」
「う…ん」
くぐもった返事を聞き取り、シャワーを容赦なく彼の頭に注ぐ。シャンプーが残らぬように丹念に流し終えてから、彼のシャンプーハットを奪い取った。
「シャンプー終わり。身体は自分で洗いなさい」
「わかった」
新はこれまた持参したスポンジに石けんを粟立て、わしゃわしゃし始めた。二人して同時に洗い出すと狭苦しくてかなわないので、椅子に腰掛けそれをなんともなしに眺めていると、
(ちなみに当初、瑞樹が洗い終えたら新が入って来るというかたちを取ろうとしたのだが、新が強硬にふたり同時に入りたがった)
ふと彼の脇腹が目に入った。痛々しい……睦月が撃った銃弾が、貫通した痕。
瑞樹は軽い目眩を感じたが、座っていたので倒れようもなく、見た目には何ら変わりなかったろう。
「おわった!ミズキ背中ながしてあげるよ!」
「すっげ遠慮したい」
「いいから。えんりょなんていらないよ、おれとミズキの仲だもの」
「へえ?そんな…」
親しい仲だったかなと意地悪く聞き返そうとしたが、えへへと新が実に嬉しそうに微笑むので、結局何も言えなかった。

風呂上がりに、新が冷えた牛乳を飲んでいる横で、カレンダーを見上げた。
予定が入っている日には丸がついていたり、メモが書き込まれていたりする。大部分が草慈のものだが、今日の日付の丸は瑞樹がつけたものだ。
きっちり二日後にも、丸をつけてある。




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