28.砂時計









瑞樹、と睦月の声が街中の喧噪にかぶさる。
『いま、何をしているの?』
「スーパーでお菓子作りに必要な材料を選んでいる」夕方恒例の値引きもこのコーナーにいる限り関係ないよ。
『瑞樹、僕は昨日少し姉の最期を追ってみたんだよ』
「ほう。ところで、話の切り替えが唐突に感じられるのは僕の気のせいか?」
『おそらく気のせいではないね。で、結果だけ言えばとてもよかったよ』
「何が?」
『姉は最期まで一度も幸せを感じないままだったろう、ということが』
メモを見ながらアーモンドプードルを買い物かごに放り込む。シナモンは何処にあるのだろう、そもそもスーパーに売っているのだろうか。
瑞樹は通路ごとに上からぶら下がっている札を一通り眺めたのち、エプロン姿の人間を探しに通路に進み出た。携帯電話は耳に押し当てたまま、
「それって良かったこと?」率直な疑問を口にする。
『よかったことだよ』間髪くらい入れろ。
「何故?」あまり気は進まなかったが一応聞いてやった。
『姉さんは幸福になってはいけない人間だったんだよ』
「もう少しやさしい日本語でお願いしたいんだが」
『愚かで可哀想な姉さんが、僕は好きだったんだ』
…瑞樹は眼を閉じてゆっくりと睦月の発した言葉を脳で咀嚼してみたが、どうやら自分の理解出来るシスコンの域を超えているらしい、はてどうしたものかと咀嚼を途中放棄してしまった。けれどもこのまま聞き流してもいけないような気がする。(気がするどころか、これは確信だ)(むくむくとふくれ上がるのは)。
暗雲立ちこめる。どうしてそうなる。
そうなるも何も元々そうであったのなら、瑞樹としても口を出すようなことではない。知らなかっただけで、何も変わっていないのなら。それがあくまでも口先だけの、終わったことへの願望であるなら。それに彼ももう結果よかったと言っている。
けれど、なら何故それを口に出したのか。おかしなことだと自制して自分の中に留めておこうとしなくなったのか。睦月は瑞樹の前では至ってまともな人間であろうとしているように思えたし、自身の発言の違和感にも気付かないわけがないだろうに。
「睦月」単に隠していた自分を解放したくなったのであれば、嫌々ながら受け入れてやらないこともないけれど。(これも願望には違いなかった)
『何?』
「この後予定がないなら、ちょっと会いたいんだけど」
『かまわないけど、これから瑞樹のマンションに行けばいいのかな?』
「駅前のコンビニで待ってる」
先に着けばの話ではある。瑞樹は携帯の通話を切り、鞄の中に放り込んだ。考え過ぎかもしれない。彼はシスコンでちょっとばかし姉を亡くした悲しみに浸っているだけなのだ。それできっと、亡くしてしまった後なら自制なんてしていても仕方がないと思ったのかもしれない。悲嘆に暮れるあまり、ひねたことの一つや二つ言ってみたくなったのかも、しれない。
ちくしょう、並べ立ててはみたもののなんて白々しい理由の数々。
電話で聞いた彼の声は、沈んでなどいなかった。

「何かお探しですか?」

気がつけば目の前にエプロン姿の人間が立っていた。
瑞樹を映し濡れた眼はつやつやと輝いている。
「…シナモンありますか」
「はい!ご案内いたします…」



こちらになります
ありがとうございました
いらっしゃいませ…………



「なに買ってるの?」
レジ前に並ぶ睦月の横にふらりと出る。
彼はコンビニ店員からもっそりしたビニール袋を受け取りながら、「肉まんとあんまん」と答えた。
後をついて出入り口から外へ抜け出ると、北風がぴゅうんと吹き抜けた。ややロータリー中央から離れたところにあるベンチに腰掛けて、彼は中華まんの包みを瑞樹のコートのフードに入れた。瑞樹がそれを腕を伸ばして取り出しながら、「肉まんか」と文句をつけると、彼は持っていたあんまんと取りかえてくれた。最初から素直に手渡せばいいものを。
「いただきます」
「どうぞ」
口で咀嚼。睦月の様子を窺うも、顔色等に特に変化はないようである。
「睦月」
「うん?」
「今日はどうして僕に電話してこようだなんて思った?」
「どうして?」
睦月は無表情に微笑んでいる。文法的にというか意味としておかしいのだけれど、そうとしか表現出来ない。彼は”楽しそうだった”。
「嬉しかったからだよ」そしてこうも言った。「瑞樹にもこの嬉しさを伝えたくなって」
「…それはどうもありがとうと言った方がいい?」
「いや、僕はしたかったことをしただけだから、瑞樹にお礼を言われるようなことではないよ」
「まあそうだろうとも」感動を共有する相手に選んでくれてありがとう!だなんてとても言えそうにない。
「ただ、瑞樹は戸惑っただろうね。僕が姉にそれほど思い入れがあるとは思ってはいなかっただろうから」
「ええまあ」そのお姉さんを食らったことは聞いていたんです。何処をどう食らったとかは聞いてませんがね。
「言うようなことではないと思っていたし、でも今回はどうしても…誰かにこの感情を共有してほしくて、電話したんだよ」
彼はしっとりとした溜め息をつく。気持ちの強さ故に、電話してきたのならそれはそれでいいのだけれど、この拭えぬ不安は何なのだろう。前回会ったときの彼から何かが損なわれているかのような。それとも、自分が気付かなかっただけで(新のときと同じように)彼自身は元々損なわれていたのだろうか。分からない。何か、変だった。自分は一方的に睦月はこうあるべきという認識を抱いていて、それが崩されたから戸惑っているだけなのだろうか。
河馬の妖精は口も見せずに微笑んでいる。
以前と比べて何かおかしいのに、何もおかしくないかもしれない。
ちょっとキミのお姉さんへの感情は、普通でカヴァー出来るレベルを超えているように思えるのだけれど。いやしかし、多少故人に対し強く複雑な思いがあっただけで片付けてしまえないこともなく。お姉さんは既に故人になってしまっているわけで、故人を想うのは生きている者の勝手というか。彼の感情が一部突き抜けてしまっていても自分には何の関係もないというか。ないはずだった。
ならこの妙な居心地の悪さはなんだ?
彼の変化を自分は歓迎出来ないでいる。
「瑞樹、何だか顔色が悪いね。寒いの?」
「そう言われてみると、僕はもう随分前から春を待ち続けている」冬の寒さは若くない身体に堪えるというし。
「後、一ヶ月もすれば逢えるよ、たぶんだけれど」
お姉さんの会話を通り過ぎてしまえば、彼の無表情はただの無表情になる。何もない。ふつうの睦月だ。表情のバリエーションは決して豊かではないくせに、無愛想とは言われない。対し、瑞樹が同じように無表情でいたならば無愛想と言われるのだから困ったものである。
と、然程重要ではないことを考えて、胸中の不快感を誤摩化そうとして失敗した。一時しのぎに何の意味があろうか。一度捉えた感覚はしぶとくそこに居残るものだ。”僕は鳥越睦月という人間に対し違和感を感じた”。これもまた。
「身体の調子はどう?」睦月の問いかけ。
「おかげさまで良好な状態にある」つまり普通だ。重い病気は患っていない。
「僕は君とはまた別のESPの人と暮らしているんだけれど、その人はいつも顔色が悪いんだよ。おそらく心労の所為でね」
「世間には睦月のような無粋な人間に徒労感を感じる人間もいるわけさ。良い勉強になったじゃないか」
「僕自身が無粋だということは否定しないけれどね、彼の心労のおおよそは僕の所為ではないんだ。別のことだよ」
彼はこの発言からも分かる通り、自分はそれほど出来た人間でないと考えている謙虚な輩ではある。しかしその出来ていない部分を直す気も特にないらしい。
「ところで今日はよく喋るね」
「瑞樹だってそうだろう。僕は基本的に喋るのはそんなに嫌いじゃないんだ」
「そうかい」
僕はいくらか疲れたよ、と内心付け足す。喋った言葉の数で”それ”を埋め立ててしまおうと思ったのだけれど、なかなか上手くいかないものだ。
あんまんは胃袋に収まった。肉まんもいつのまにか跡形もなくなっている。
ふと瑞樹は立ち上がった。ベンチに座る睦月を挟んで反対側、ふたりの人間が立っていたから。そのうちひとりは、何処かで見た顔だった。睦月も気がついたようにそちらを向いて、驚いた顔をした。それから同様に立ち上がり…その動作は非常にゆっくりとしていた。
「どうして此処に?…」
尤もな質問だった。何故ならそのうちひとりは睦月の母親と同じ顔をしていたからだ。
「探したのよ、睦月ちゃん」
「心配したんだぞ」ということはこれが父親。
冴えない何処にでもいるような男性に見えたが、それでも母親の愛人や親戚ではなく、睦月の父親なのであろうことはなんとなくわかった。
家出少年を迎えに来た両親。字面だけ見ればなんと心温まる光景かと思いきや、現実は言いしれぬ緊張に満ちていた。
戸惑いを隠せぬ様子の睦月。追われる者がこうして姿を現していれば見つかるのも当然であるが、彼の場合は追われているという自覚はなかったのかもしれない。抜けている。呼び出した自分にも多少の責任はあるだろう…ここはこれ以上何も言わないでおこう。
「何をしに来たの」
実の親に迷惑そうな声を出してやるなよとフォローを入れるか迷ったものの、以前包丁を振り回された覚えもあって結局は口を閉じたままでいた。
けれど案の定、その声色に母親は激した。案外短気だ。旦那も同じようなタイプだったら面倒だなと横で見ていて思う。
「なんて言い方をするの!そんな冷たい言い方…昔の優しい睦月ちゃんは何処へ行っちゃったの?」
「母さん…」
空しさと諦観が入り混じった彼の声色。彼もまた、理解されることをとうの昔に諦めたまま、成長した子どものひとりかもしれない。
「母さん、僕は姉さんのことがどうしても知りたくて」
「それでこんな…家出のようなことをしたっていうの?お母さんを騙してまで…」
「結果として騙したことになってしまったのは申し訳なく思ってるよ、でも」ほんとかな。
「せっかくお母さんとお父さんが、あなたのためを思って忘れさせてあげたのに!…」(ん?)

(…思えばそれはあまりにも唐突で軽率な言動だった。)
睦月の表情から、するりと色が抜け落ちた。

「…母さん、いま、なんて?」
「長閑ちゃんのこと、睦月ちゃんは大好きだったみたいだから。でもだからって、こんなことするなんて」
誰に唆されたの?睦月ちゃんがお母さんとお父さんを置いて何処かに行こうだなんて思うわけないものね?そんな悪い子じゃないものね?
「その子なのね?」
「え」
「あなた、思い出したわ。睦月ちゃんがいなくなった日にもいたわよね。そうだわ、…あの日、怪我をしたときにも」
デジャヴ。何故自分の息子が自主的に行動を起こしたのだと素直に認められない?前回もこれで包丁振り回したんだぞ。いまは包丁なんて持ってないだろうが、父親止めろ。支え合ってこそ、互いの短所を補ってこその夫婦じゃないのか。
「あなたは睦月ちゃんを唆した、いいえ、誑かしたのね…!綺麗だった睦月ちゃんの心を汚したのよ…」言いたい放題か。
「睦月に悪い友達は必要ないな…」
だが生憎というべきか、冴えない穏便そうな父親の方が肩掛け鞄の中からサバイバルナイフを取り出した。日常的にもナイフを手放せないなんて、これだから肉食夫婦は。
「親御さんがお子さんの前で刃物を振り回すのはどうかと思います」
「睦月は君に唆されて、とはいえ悪いことをしたんだ。子どもが反省するように仕向けるのも親の努めなんだよ」
語尾のよ、の部分でびゅんと刃先が空を切った。否、正確には頬が僅かに切れたものの、浅過ぎて傷にもならなかったのだ。しかし事態がまずいものであることには変わりはなかった。閑散とした駅前には自分たちの他に僅かな人間しか見当たらないし、その少数のうち誰もこちらに気付いた様子もない。とはいえ迂闊に逃げたら背中から刺されそうだ。刃の振り回し方を見ればこの夫婦が本気なのは分かる。本気で、息子を汚した息子の悪しき友人を刺そうとしている。
「うわ…!?」
父親の動きに集中していたら、背後から母親に両肩を押さえ込まれた。
「責任を取りなさい。あなたの血で睦月ちゃんの心の汚れを拭い落とすのよ」
「馬鹿を言ってもらっちゃ困る…!」汚れに汚れ切った心の窓を、血の染み込んだ雑巾で擦ろうとでも言うのか。余計に汚れが酷くなるだろうが。
母親は聞く耳を持たない。父親は父親で妻の意見に異論無しと言わんばかりにナイフを真上から振り下ろした。
向かう先は肩又は胸の辺り。死なないと分かっていても死に近いところまではいくのだ。懸命に巻き付く腕を振り払おうともがいた。無理だ腕は執念の塊のように絡み付いている。これは刺さる。噴き上がる血飛沫。
『ナイフは皮膚をそして骨をも貫通していた。』
「あぁああああああああああああああああああああああああああ」しかし響き渡った絶叫は女のものだった。
腕を押さえて悶える母親。だが父親が狙いを外したわけではない。彼は妨害されたのだ、自分の息子に。更には、妻を刺してしまった衝撃に怯んで手の力を緩めてしまったのだろう、ナイフは奪われ挙げ句気付いたときにはそれが彼の喉に突き刺さっていた。もはや悲鳴を出すことさえもかなわない。
「  、  …!」
鬼の形相で父親は息子の首を鷲掴み、そのまま崩れ落ちるように生き絶えた。
睦月は頭から返り血に染まったまま、そんな自身の親の姿を見下ろしていた。特にまだ生きている方の母親を随分長いこと眺めたのちに(まるで息の根を止めるか否か考えているかのようだった)、瑞樹の方へと向き直った。彼は手を伸ばし、瑞樹の腕をそっと握りしめた。
「瑞樹…」
彼は袖を捲り上げるようにしながら、さらけ出された腕の皮膚を愛撫するように指先で繰り返し撫でた。肌寒さのあまり鳥肌が立ったが、彼の行為には有無を言わせぬ何かがあって、動けずに、されるがままになっていた。
彼の眼差しは無機質な、まるで人形のような色合いを帯びていた。(強烈な違和感と既視感)
「瑞樹はすごいね」
そう言いながらかがみ込み、腕に顔を近づける。こちらからは見下ろす位置にある、彼の頭部。天使の輪。

「あのとき確かに貫通させたはずなのに、傷一つ残ってない。ここも、綺麗なものだね」

ぞわり、と身体が震えた。
「…思い、出したのか?…」
すると彼は瑞樹の腕を掴んだまま、身体を起こした。地面をちらと見遣ってから、その視線を瑞樹に合わせた。
「そうだよ。…ねえ、瑞樹、どうしてそんな顔をするの?」
そんなかお?
「まるで僕に思い出してほしくなかったみたいだ。てっきり僕は、瑞樹はそれを望んでると思っていたのだけれど」
「そんなことは、」
「そんなことはない。なら瑞樹は、新を殺しかけたことを覚えている僕とは友達ではいたくないと思ってるんだろうか?」
友達でいてくれたのは思い出すまでの間だけ?
睦月の問いかけ。(すべてを思い出した睦月の問いかけ)。
掴まれた腕は縋り付かれているかのようにほどけない。
砂時計になったかのように、さらさらと降りそそぐ静寂に身体の内側が埋め尽くされていく。灰色に満たされる。思考だけが階層を下る。

…何も覚えていない彼との間柄は友達ごっこのようなものだと思っていた。何も覚えてなくても彼は彼のままだ、友達だ、なんて能天気なことを考えていたわけではない。失くされた記憶は、失くされてしまっては支障があり過ぎた。だが罵ろうにも、何も覚えていない彼は既にあの時間を共有した睦月とは別物になっていた。器はそのままで、大事な中身が欠け落ちた。だから上辺だけをなぞった。過去の彼を透かし見て、過去の彼と戯れていた。

そういう意味では、睦月の問いも、お互いが求めているものも違っていた。

記憶を持たぬ睦月を前に本音を吐露したところで、そこには虚しさしか残らず。記憶を追い求める彼は疎ましくてならなかった。求めれば求めるほど、欠けて歪になった彼が剥き出しになっていったから。中途半端な彼はいらなかった。あの時間を共有した睦月か、元より失う記憶のない過去の睦月がいてくれさえすればそれでよかった。
『思い出してほしくなかったみたいだ』?否、思い出さなければ睦月は睦月でなかったろう。だが、失くしていた断片を見つけ出した彼という存在は否応無しに当時の記憶を生々しく鮮明に呼び起こさせた。ぬるま湯に浸かっていた期間が長過ぎたのかもしれない。待ちわびていたくせに息が止まりそうだった。
「勝手な憶測はやめろ。僕はそんなふうに思っていない」
「ならどう思ったの?今の君もあまり嬉しそうではなさそうだけれど…僕の記憶の中の君は、明らか非難する眼で僕を見ていたよ」
「非難もするだろうさ。僕の記憶の中の睦月くんは、あまりに容赦がなかった。問答無用に事態を収拾しようとしていた」
「それは僕も認めるところだけれど、彼は『狂って』いたんだよ。君が以前、記憶のない僕に打ち明けてくれたようにね」
そう言って彼は殊更意味ありげに、瑞樹の腕を撫でるのだ。その以前、新に食いちぎられた腕を。
「だけど、新は完全におかしくなっていたわけじゃなかった。まだ正気も残っていた」
「君の義理のご両親をあんな惨たらしく死に追いやったのに?…正気だったのなら尚更、どうしてあんなことができたんだろう?」
「…そんなこと、」
息が詰まり、肺が大きく揺さぶられる。上から強く押さえつける。(迸る感情は認めてもそれを拡げるような真似をしてはならない。傷がつく)
睦月は口を閉じている。だがその伏せられた眼差しひとつ取っても、数分前の彼とはもはや異なっていた。
(押し殺して)、溜め息をつく。
「…睦月だって、似たようなことをしてるじゃないか。…僕を助けるために」そして結果的にはどちらのときにも同じことが言えたのだ。
「そうだね。でも二度目は瑞樹がどうとかじゃない。僕は、僕の意思で、彼らに暴力を振るってやろうと思った。僕は正気で狂気の沙汰じみたことをしている」

…ふと、掴まれたままの腕を見下ろす。彼の浴びた血が垂れて糸を引いている。
足下からきこえる啜り泣きは彼の母親のものだろう。
耳をすませば周囲がざわめき始めていることに気がついた。またこいつが派手にやったものだから。
そこに颯爽と現れる車。窓から見知った顔が覗いた。
「草慈」
行き来する時間軸に感覚が追い付かない。どちらも現在のはずなのに意識は過去に捕まっている。まだ睦月が馴染んでいない所為だ。
「こら!容姿だけでも目立つんだから、奇抜な行動は控えなきゃ駄目だろう」おまけにこの状況にそぐわぬ言動。ユミさん譲りだろう。
「いや、僕は何も奇抜な行動はしていない」喋りながら調整する。だいぶ合ってきた。
「遠目から目立ってたら同じことなの。いいから、ほら、乗りなさい。鳥越くんも」おそらく彼は大学帰りだ。
車は新たに二人の人間を乗せ、地球に優しくないガスを出しながら、自宅を目指し走り出す。
いろんなことを置き去りにしたまま。(おそらくそのままにしても大丈夫なものだけを)。
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