突然訪問したにも関わらず、克也の祖父は驚いた顔一つせずレモを出迎えた。
部屋までレモを案内し、障子をぴしゃりと閉め切る。
「何の用だ」
「…貴方にお願い申し上げたいことがあって参りました」
握りしめる拳に汗が滲む。
口内はからからに渇き、レモは唾を一つ飲み込んだ。
畳に跪き、頭を垂れる。
「…克也を、助けてください」
「……なに?」
祖父の声色は地を這うかの如く、レモに迫った。
心臓がドクドクと脈打ち、冷や汗がどっと噴き出す。
「一刻も争う事態なんです。…幸恵さんを同様に亡くされた貴方なら、何か克也を救う方法を…」
「…貴様が克也に植え付けおったのか」
「…………はい」
「たわけが!」
その瞬間、畳に押し付けていた頭と肩を強く蹴り飛ばされた。ずざざ、と部屋の隅に引き倒される。仰向けになった瞬間、腹部を深く踏みつけられた。
「ぐ……!」
「そんな巫山戯た真似をしておいて助けを乞うだと?貴様其の口が何を言っているのか判っているのか?」
「…わ、かっています」
「ならば何故そんな馬鹿げた事をした!そうなることは貴様にも判っていたはずだ!」
祖父の踵が腹部を再度深く抉る。レモは咽せて血を吐き出した。
その血を見て彼は顔を歪める。
「人間のように血なんぞ吐きおって…」
「お、ねがい、します……かつ、やを…」
「……っ」
彼は唇を噛み締めると、レモの顎を蹴り上げ、一旦奥へと下がって行った。
間もなく出て来たときには、一つの瓶を手にしていた。
倒れたままのレモを見下ろして、怒りを押し殺した声を発する。
「これは幸恵が死んだとき、儂が貴様のような男を捕まえて解体したときに作り上げた代物だ。言わば貴様らの解毒剤よ」
「…克也の、お祖父さ、ん…」
「その男は幸恵の夢を出入りしていた。…貴様のようにな。効く保証は無いが克也の為に持って行け」
レモはぐっと身体を起こし、その瓶を受け取ろうとした。
だが直前で、彼は言った。
「是は貴様ら夢の連中の影響を無に還す事が出来る。判るか?」
「…」
「是を使えば最後、貴様らが人間に成る等と驕った真似は二度と出来なくなると云う事だ」
「……!」
ハッと息を呑む。それはつまり、夢幻派のみ人間となる力は失われ、深層派や理性派に克也を奪われるのを見ているしかないということだ。彼らのいずれかが克也を手に入れ、自分達は滅ぶ。
自分自身のことは別にかまいはしないのだ。けれど、仲間達のことを思えば。
汗が頬を伝う。首領である自分はここで決定的な選択をしなければならない。
克也を助け、仲間を見捨てるか。それとも、その逆か。
ぐらりと迷いかける。首領として、選ぶべきは………。
だが。
「…かまいません。克也を助けられるのなら」
思い出す。此処へ来たのは、…克也が大事だと思ったからではないのか。首領ではない、自分自身の意見として、彼を助けたいと思ったからではないのか。
レモは手を伸ばし、しっかりと瓶を手に握りしめた。
立ち上がり、頭を下げる。
「…お孫さんをこんな目に遭わせてしまい、申し訳ありません」
「もし克也を助けられなかったら儂の所に来い。叩き斬ってくれる」
「…そのときは喜んでこの首を差し出します。……失礼致します」
レモは部屋を出て、駆け出した。
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