レモは息絶え絶えの状態のまま、重たい身体を起こした。
立ち上がり、深層派の空間の壁に触れる。
当然の如くその壁はレモを拒絶し、手には鋭い痛みが走った。
けれど克也がこの中にいるなら、行かなければならない。
レモは焦る心を抑え、目の前の壁に強烈な干渉波を叩き付けた。
壁は強力な電磁波を放って崩れ落ち、その電磁波の疎らな欠片が彼の神経を切り刻んだ。
思わず地面に倒れ伏しそうになり、手をついて耐える。
空間内に入っても、夢幻派とは全く異なった波動が彼の存在を拒否しようとした。
「……っ」
汗が噴き出る。
身体中の筋肉がみしみしと悲鳴をあげているかのようだった。
更には、深層派の連中が異物を排除しようとレモに襲いかかる。
それらと蹴散らしつつも、彼の残り少ない体力は確実に削られていった。
「か、つや……」
果たして間に合うのだろうか。
だが今頃、シガは現実世界で彼に。
レモは唇を噛み締めた。弱気が顔を出す。
しかし此処で諦めたら可能性が完全に断たれる。
彼はそう己に言い聞かせ、痛む身体を引きずって空間内を突き進んだ。
そこに。
「あら、どっかで見た顔じゃない」
克也の想い人である少女の姿があった。
彼女はレモの顔を覗き込み、せせら笑った。
「随分手酷くやられたみたいね」
深層派の空間内にいる彼女は、やはり敵か。
レモは思わず身構えたが、彼女はひょっこり彼の傍を離れた。
「あたしは何にもしないわよ。だって克也が可哀想だもの」
「……え?」
「え?って何よ。あたしだって自分を好いてくれてる人間に酷いことするほど外道じゃないわよ」
彼女はいーっと歯を剥き出し、はにかむように笑った。
以前、干渉波を夢幻派に仕掛けて来た少女とは同一人物とは思えぬ発言で、レモは一瞬身体の痛みを忘れた。
「……キョウコ」
「勘違いしないでよ。別に夢幻派のことはどうでもいいんだから。……とにかく、さっさと克也を迎えに行ってあげて」
ほら、あっち、とキョウコは右手を指差した。
其処に克也が横たわっているのが見え、レモは無我夢中で走り寄った。
「克也!…克也、起きてくれ」
克也は、小さく縮こまって震えている。
その頬を叩いて身体を揺する。重たげに、克也の瞼が開いた。
「……れ、も?」
「克也、お願いだから、今すぐ現実世界に戻るんだ」
「れもは?」
「僕も戻る。とにかく、今は一刻の猶予もないんだ」
克也は現状を呑み込めていないようだった。
だが、「分かった」と言ってくれた。
瞬く間に、彼の姿が空間内から消える。レモも後について、自身を現実世界へ移行させた。
・
・・
・・・
戻って来たとき、まずケイの姿が目に入った。
「パトロン!」
そして、唇の切れたシガ。
彼は血を拭うと相変わらずの無表情のまま、レモに背を向けた。
「部下に感謝するんだな」
そのまま部屋を後にする。
緊張の糸が途切れる。
その瞬間、レモはその場に倒れ込んだ。
「レモ!」
遠くで、克也の叫ぶ声が聞こえた。
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