15-1.壊れだした日

  ※長くなったため、前後に分割しております。また、後半はR-12程度となります。







土曜日になり、ボクはレモと田舎のおじいちゃんの家へ向かった。
電車で片道二時間程度。
本当はお母さんたちと車で行っても良かったんだけども、せっかくレモと行くんだから、と電車にしたわけだ。
二時間なんてあっという間。駅弁なんて風情のあるものを買うわけでもなく、ボクとレモは各駅電車に黙って揺られて乗っていた。
窓から覗く風景は、みるみる都会から…まあそれほど都会ってほどでもないけどね…田舎へと変わっていく。
ボクは、こうしてのんびり電車に揺られて行くのは嫌いじゃない。
でもレモはどうなんだろう。多分、電車に乗る自体初めての経験だろうし。多分彼はボクなんだから、まあ嫌いではないんじゃないかとは思うんだけど。最近お疲れみたいだから、少しは癒しというか…リラックスしてくれると良いな。
そういう意味では、志賀君や夾子を連れてこないのは正解だったのかもしれない。
レモはあの二人がいたら気が休まらないだろうし、…ボクはちょっと夾子に関しては残念だったりするけ…いやなんでもない。
…夾子は、ボクのことをどう想ってるんだろう。
勉強会のとき、ボクは恥ずかしながら夾子に大胆なことを言ってしまった。
仲良くなりたいとか、ち、近付きたい、とか…うわ思い出すだけで恥ずかしいもうだめだ。
…とにかく、言ったんだよ。
でもそれ以来夾子は特にボクに特別そのことを仄めかすようなことは言ってこなくて。
嫌われてないってのは、態度で分かるんだけど。
うう、ああ、……。
…考えたくない、…けど…多分夾子…の中でボクは友達レベルなんだと思う。
だから…返事は、したくないと考えてるのかも、しれない。
そもそも近付きたいとか、うわは、その程度のことしかボクも言ってないんだし、
だって付き合いたいだなんて大それたこと言えるわけないし、うぅう。
ボクと夾子じゃ釣り合わないんだよ……………。
夾子もレモ同様ボクだってことには変わりないのだけども、なんだかボクは完全に彼女を一人の『他人』としてしか思えないんだよ。
今更ボクだなんて、つまり『自分』だなんて思い直せない。
それに釣り合わないっていうのは、それがボクであろうとなかろうとその人の魅力が問題なわけだから。なんだかまた自分で考えてて混乱してきちゃったんだけど、要するに夾子は魅力的ってことだよ!これはボクの勝手な思い込みかもしれないけれど、夾子はボクらの仲で一番大人って感じもするし。
なんだかんだと強引な面もあるけど、本当に相手の嫌がることとかしないし。
その証拠に夾子だって深層派なんだから、ボクの体の支配権を狙ってるだろうに卑怯なこととか何もしない。
もし志賀君じゃなくて夾子に迫られたらボクだって一発KOダウンなのにさ。
うわだめだ、考えただけで鼻血が出そうだやめよう。
そういえば志賀君にその話するの忘れてた。
本当に、志賀君は全然ボクの体なんて興味なさそうなのに…どうしてなんだろう。
ボクがそう思うんだから、実際志賀君はボクの体に興味なんてないんだろう。
ならいったい、何のために。誰にメリットがあるっていうの?
考えてみても、誰にもメリットなんてなさそうに思える。
レモを初めとした夢幻派の人々にしてみれば迷惑千万みたいだし、ネオさんら理性派にとっては…よく分からない。
志賀君は理性派はボクに危害を加えたりはしないって言ってた。
ネオさん自身、この現実世界での生活を楽しみたいだけだとも。
…ボクもそれは一向に構わないというか、どうこう言う立場でもないから良いんじゃないかとは思うんだけれど、
理性派のセリさん、だっけ?…レモを刺したし、なんだか理性派は、『きな臭い』んだ。
ボクに害は加えないと言っても、なんていうかボクの周囲には遠慮がないような気がして。
それが単なる杞憂なら、良いんだけど……。





「克也、起きてる?次降りるよ」
「あ、うん」
やばいやばい。
全然電車に詳しくないレモに頼りっぱなしなんて、ちょっと申し訳なさ過ぎる。
しっかりしないと。
ボクとレモは電車を降りて、狭い改札を通り抜けた。
時刻表を見て帰りの電車をチェックしてみるけど、すごく本数が少ない。一時間に二本あるかないか。
まあ、そのくらい田舎だってことなんだけどね。
無駄に自動車の有り余ってるタクシー乗り場を素通りし、おじいちゃんちを目指す。
と思ったら、買い物帰りの近所のおばさんと遭遇した。懐かしい、とは言っても、半年くらい前…正月には会った。
「あら克也くん。相変わらずちっちゃいわねぇ」
半年じゃそんな伸びないよ。このおばさんはいつもこんな感じで、明るくて感じはいいけどちょっと失礼なんだ。
まったくもう、ボクだって出来れば大きくなりたいよ。
しかしておばさんの視線はもうボクの方を向いていなかった。切り替え早いなぁもう。
「克也くん、こちらの子はお友達?」
言わずもがなレモのことだ。おばさんの目が久しく輝いている。
分かってる。レモの顔立ちが整っちゃってるのはボクが一番分かってる。
羨ましいんだからもう。さっきからボクもうしか言ってないんだから、も…、…。
背高いしさあ、イケメンだしさあ、おばさんがボクに「お友達?」って聞きたくなるのも分かるよ。ってこら、レモも笑顔振りまかない!いったいどこでそんな営業スマイル覚えて来たんだか。
くそう眩しい。心配して損した。
すっかりレモはおばさんと談笑している。話題はボクのことだ。
いかに昔のボクはお馬鹿で小さくていじめられっこだったか、それに対し今のボクは相変わらず小さいけど勉強は程々だとか。主にレモは聞き役ではあるけれど、何にせよ本人であるボクの目の前でボクのことを話すのはやめてほしい。
なんでって、上手く言えないけどなんだか居たたまれないのだ。
それをおばさんが立ち去った後レモに言うと、彼は笑んだ。
「ああ、ごめんごめん」
悪びれた様子もない。レモは本当にいい加減に謝るときはいつだって「ごめん」が二回だ。
「でも、克也のことを知ってる人と話すのは楽しいよ」
そして本当に嬉しそうに言う。レモってこういうところがある。おかしな話、親バカではなくボクバカだ。
この表現の仕方は親バカが子煩悩な親のことを指すとしたら、間違ってるんじゃないかと思うかもしれないけど、レモがボク煩悩だとしてもレモは一応ボクなんだから別に間違っちゃいない。立場としては親と子、ボクとボクだ。
ぶっちゃけ自分でもわけわからない。
結局レモはボクのことを自分の子のように思ってるんだろうか?
昔っからなんだかんだで世話を焼かれていたのは覚えているのだけれど、どちらかといえば親子というより兄弟のような。
世話焼き幼なじみ。これってゲームに有りそうな響きだけども、レモもボクも男だし美味しくないなあ。
だからまあ兄弟の方がしっくりくる…とボクは勝手に思ってる。ってことはレモはブラコンなんだろうか。
彼はボクなんだから実際はそんな単純なものではないだろうけども、一番近いのはそんなところかもしれない。





「あ、克也遅かったのね」
そんなこんなでボクらはおじいちゃんちに到着した。
出迎えたお母さんは、少し前に到着したらしく縁側でおじいちゃんとお茶していた。
もともと…おばあちゃんはいない。よく分からないけど、お母さんを産んで亡くなっちゃったって話だ。
おじいちゃんはお茶を置き、鋭い眼光をボクらに向けた。
おじいちゃんは昔から何事にも厳しい人で、お母さんも昔、悪いことをしたらよくお尻を引っぱたかれたという話だ。そのおじいちゃんからして孫のボクはどうかと言うと、頭ごなしに怒鳴られたことがある程度でげんこつを頂いたことはない。まあ引っぱたかれたり怒鳴られたりと言ったところで、別段理不尽な虐待とかそういうわけでもなく単なる躾の範囲だ。
つまり良くも悪くも昔の人なんだ。なんていうか、威厳のある人って言ったらいいのか。
「おじいちゃん久し振り。こちらはボクの友達の瀬川君」
そしてボクはそんなおじいちゃんを嫌いではない。筋は通ってる人だから。
だからレモも遠慮はせずに……って、レモ、どうしたの?
レモはボクに紹介されて軽い挨拶を終えたのだけれども、少しの間厳しい顔をしていた。
おじいちゃんを見てれば同じような顔。?…。
ボクは状況が呑み込めないまま…これで呑み込める人がいたら尊敬するよ、二人を交互に眺めていたけれど、やがてレモがふい、と顔を反らして、
「…ごめん、なんでもない」
と、つぶやいた。んもう、いい加減『なんでもない』で会話断ち切ろうとするのやめてほしいよ。
レモはボクの学校に転校してきてから、いったい何度『なんでもない』と言ったことだろう。
「…克也」
おじいちゃんの声が地を這う。ボクはぎょっとして、振り返った。
基本おじいちゃんは無口だから、ボクに話し掛けるのは珍しいんだ。
しかも。
「後で儂の部屋に来なさい」
「…あ、うん」
「御前の友人も一緒にだ」
こんなことを突然言われたのだから、吃驚してしまう。
ボクは返事をして、その場を後にしたんだ。





それでおじいちゃんに言われたとおりボクらは後で、正確にはおやつを食べてからおじいちゃんの部屋に向かった。
なんなんだろう。改めて「来なさい」だなんて言われたら緊張するよ。
それもレモも一緒に。…もしこれでボク一人だったら、呼ばれなかったのかな。
話を聞いてみない限り憶測も何も出来たもんじゃないけど、あの意味深な二人の視線。
多分おじいちゃんはレモに用があるんだ。ならボクまで呼ばなくてもいいのに、とは思うけれど、レモは一応ボクの友人の立場だから。
それか、もしかしたら、レモだけでなくボクにも聞かせなきゃいけない話。逆もまた然りで、あのおじいちゃんが呼び出したんだ、くだらない話ではないんだろう。気が重いよ。何せおじいちゃんは剣道教室を近所に開いていて、そこの師範だか何だかやってるくらい真面目なんだ。
師範=真面目ってわけじゃないけど、やっぱり威厳に満ちていて、稽古も容赦がないそうで。
なんだかこの言い様だとボクがおじいちゃんを鬼のような人だと思っているように思われてしまいそうだけれど、別にちゃんと優しいときもあるんだ。
例えばどんなところか…と聞かれると、うーん、うーん。たまに雀にエサやってたりとか?うーん。
わあ、そんなこんなで考えてるうちにおじいちゃんの部屋の真ん前に着いてしまった。
まあ逃げてもしょうがないし、後ろめたいことがあるわけでもないし、ボクは大人しく「おじいちゃん入るよ」と声を掛けた。
それで障子を開けて入ると、おじいちゃんは正座してボクらを待っていた。
テーブルには、書いている途中だったのか便箋が何枚か置いてあった。
「座りなさい」
「うん、…レモも」
ボクはレモに座布団を差し出して、自分の分の座布団の上に腰掛けた。
本当になんなんだろう。おじいちゃんも変に間を空けてないでさっさと用件を言ってほしい。
「まず御前に言っておかねばならんことがある…幸恵のことだ」
幸恵というのは、おばあちゃんのことだ。つまりおじいちゃんの奥さんで、ボクのお母さんのお母さんにあたる。
ボクは相槌の意味を込めて頷いて、おじいちゃんの顔をじっと見上げた。
「幸恵は御前の母親である美恵を産んで亡くなったのではないのだ」
そうなの?
とボクは驚くしかない。
だっておばあちゃんがお母さんを産んで亡くなったと聞かされていたボクとしては、我ながらそれが妥当な反応だと思ったし、正直ボクが産まれる前のことでもあるから全然ぴんと来ないわけだ。おばあちゃんと言っても、ボクは当然話したこともないわけだし。
でもなら、おばあちゃんはどうして亡くなったのかな。
「幸恵も……」
おじいちゃんの視線がレモに突き刺さる。
それは突き刺さると言ってもこれっぽっちも過言ではないくらいの鋭さだった。
レモは至ってそれを平静に見返してはいたけれど、どことなく穏やかではない雰囲気が漂っていた。
「幸恵も、生前儂の前に学友だと称する男を連れて来たことが有った」
う、ん?
「其れがどういうことか、貴様には判るか?」
ぎろりとおじいちゃんは眼孔を見開く。その視線の先にいるのはレモだ。
ごめんちょっとボクの頭がついてけてないんだけど。
レモは澄ました顔で、「なんのことか分かりません」と眼を伏せた。
ええと、まあ二人とも待ってよ。
まずおばあちゃんはお母さんを産んで亡くなったんじゃない。けど、亡くなった。
そして生前にはボクのように…おじいちゃんの前に男、まあボクはレモ、を連れて来たことがあった。
それがどういうことか…、…、……うん、どういうこと?
おばあちゃんはどういうことで亡くなったことになってるの?
ボクはそう口出ししようと思ったのだけれど、なんだかそんな雰囲気じゃない。
おじいちゃんはこれ以上にないくらい忌々しげにレモを睨んでいるし、レモはレモで素知らぬ顔。
というより、そもそもおばあちゃんは亡くなったの?
おじいちゃんは「亡くなったのではないのだ」とは言っただけで、…ああでも「生前」とも言ってたな。
おばあちゃんはもしかしたら、ボクみたいに中の人がいたのかもしれない。
それで、躯を乗っ取られて、違う人間になっちゃったみたいな…。…。
そうだよ、躯の支配権を握られるってレモには聞いたけど、その際ボクだって自分の意思があるかどうか分かったもんじゃないし。
……やっぱり、どうにか志賀君を説得しないとまずいよなあ。
おじいちゃんも、いったい、どこまで知ってるんだろう?
とりあえず、話は終わったみたいだったから、ボクはレモの腕を掴んで部屋を出た。





その後は晩ご飯だお風呂だなんだでレモと話す暇もなく、時間は過ぎて行った。
結局二人だけで向き合うことが出来たのは、就寝前になってからだった。
「ねぇレモ。やっぱりおばあちゃんも、ボクみたいに中の人がいたのかな」
布団に横になって話してるのはお泊まりみたいでなんだか楽しいけれど、話す内容はちっともふざけてないし僕の頭じゃ大変だ。
「僕らのような人格が生じやすい血筋もあるようだから、…多分」
「でもおばあちゃんの中の人はレモ達ではなかったんでしょ?」
「うん。僕らはあくまで克也の精神の分離体…つまり人格だからね」
だよねえ。そうでもない限り、ボクの中の人であるレモ達がおばあちゃんの中の人でもあるだなんていう複雑なことになっちゃうし。それにレモや志賀君は、ボクの理想とか無駄に反映してくれちゃってる存在でもあるし。
いくらなんでも、おばあちゃんの人格でもあったけど実は記憶がないとか、その反映の仕方もぐにょぐにょ変わるとかないだろうし。
つまりは、その全く違う中の人が、おばあちゃんをどうにかしてしまったということで。
「レモはボクを守ってくれるって言うけど、それって志賀君が諦めるまでずっとってことなんでしょ?」
「…そうだよ」
…そんないつまで続くかも分からないこと、させられないよ。
あんまりその点について深く考えたことはなかったけれど、下手したら半永久的に続いちゃうかもしれないじゃないか。
すぐ諦めるか諦めないか、志賀君がどうするか。全然予想がつかなかった。
だって彼がどうしてそんなことをするかも分からないのに、予想なんて出来っこない。
とにかく帰ったら説得するしかない。ボクはその問題を頭の片隅に押し込んだ。
寝転がっているレモを見て、本当に人間みたいだと思いながら、口を開く。
「…あの、志賀君と仲直りしてないの?」
聞いていいのかどうかは分からなかったけれど、ボクは心配だった。
なんだか倒れて保健室に運ばれた日から妙にレモは上の空だし、…まあ今日はわりとしっかりしてたけど。
派閥の違いもあって、一概に喧嘩と言っても解決は難しいのかもしれない。
「…別に喧嘩ってほどの喧嘩もしてないよ」
レモは僅かに掠れた声で、ボクの質問を受けた。
あれ、てっきりこの間の帰り道妙に険悪な空気が流れてそれっきりだったから、その間喧嘩してるのかと思ってた。ネオさんを交えて、恋愛と友情が揺れるような感じの。派閥事情も混じって余計難解そうなさ。
「あいつがネオと仲良くしようが僕には関係のない話だよ」
えぇー。本当かな。志賀君との間に友情が全くないわけじゃないんだからさ、その友情が揺さぶられるピンチなのに。
「ほら、もう遅いから寝た方が良い」
レモはぽんぽんとボクの頭を撫でて布団へと寝かしつけた。
全くもう、レモって毎回誤摩化してばっかりなんだから。
昔からそんなに秘密主義だったかなー。もう。ああもう駄目だなぁやっぱ牛並みにもうもう言っちゃうよ。








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