そして次の日、レモは日直で朝から亜崎先生と話していた。
でも、今朝も変わらずネオさんといる志賀君を、全く見ようともしない。
ああ、やだな。
ボクはせっかく二人の間に成り立っていたかもしれない友情が壊れていくようで目を塞ぎたくなった。
もともとそんなものがあったかも分からない、って本人達には言われてしまいそうだけれど、ボクはそうだったと信じたい。
それほど、女の子(異性)の存在って怖いんだなあ、と思わざるを得なかった。
そもそもボクは志賀君の考えていることがまず理解出来ない。
あの事件を境にネオさんと年がら年中一緒にいるようになるなんて、極端過ぎるんだよ。
全くの他人が見れば、『友情を捨てて女をとった』てなふうにも見えてしまう。
志賀君はそんな人じゃない。けど、ならどういうつもりなんだろう。
ネオさんと志賀君が一緒にいる構図は、実に絵にはなるけれど。
なんというか、美男美女って感じだし……。
昼休み、ボクと夾子、志賀君は黙々とお弁当を食べていた。
一方レモは食事を早めに切り上げて、せっせと日直の仕事に精を出している。
今なんて壁のお知らせだの今月予定表などの紙を張り替えている。
そんなの日直の仕事じゃないと思うのだけれども、レモは先生と仲がいいからつい頼まれてしまうのだろう。
もしかしたら、志賀君の顔を見たくないだけなのかもしれない…けど。
先生も教卓で用紙に赤ペンで何やら書き込んでいる。
……ん?なに、補修対象者?うわ、嫌な匂いがぷんぷんする。
絶対ボク引っかかってる。そんなアンダーライン引いて強調しなくていいよ先生。
そしてパソコンで何かぱちぽちチェックし、そのパソコンがピガーと機械的な音をたてる。
「あいつ本当に真面目ねぇ」
夾子も感心したように言う。うん、夾子とは多分真面目の方向性が違うよね。
夾子はやるときは念入りに、という真面目で、レモは常日頃から真面目にだもんな。
ボクは……言わずもがな真面目じゃないけど。
志賀君は真面目というより何故か出来てしまっている万能型かも。
いいなあ、ボクもそんな人間になりたかった。
呑気なことを考えるボクを前に、志賀君はやはり不機嫌…これはもう不愉快のレベルだろうな、不愉快そうにお弁当を食べている。何が不愉快そうって、これまた視線が。
分かってしまうのは、志賀君がボクの中の人だからかな。
強いて言うなら、お弁当食べてても全然意識は別の方向に集中しちゃっているような。
それがネオさんのことについてだったら、ボクも「うん……」ともはや悟るくらいしか残る術はない。
夾子は「シガが女の子を好きになるなんて有り得ない」って言っていたけど、実際どうなのだろう。
そこは夾子の方が長年の付き合いなわけだし、詳しいのかもしれないけれど。
う、複雑。夾子が夢幻派だったらきっとボクの方が長い付き合いだったろうに。うー。
「瀬川君、これらそっちに置いといてくれる?」
「あ、はい」
先生はどっさりとしたプリントをレモに手渡した。
多分進路希望とか公欠届とかボクらが自主的に取るためのものだ。
進路かあ、ボクどうしようかな。
そんなことを考えつつ、お弁当のご飯を箸で突っついたとき、バサバサッと紙が散らばるような音が耳に入った。
見ればレモが青い顔で壁に寄りかかっている。
先生ががたんと椅子から立ち上がり、その肩を支えた。
「大丈夫かい、顔色が悪いよ」
「……大丈夫です」
レモは頭を振って、屈んで散らばったプリントを拾い集めた。
だけれど立ち上がってそれを先生に渡そうとしたところ、
「瀬川君!」
ぐったりと倒れ込んでしまった。
先生にもたれかかったその身体は全く力が入っていないようで、ボクは思わず立ち上がった。
だって明らかに尋常な事態じゃないよ!
「先生、レモは……っ」
お弁当なんか放ったらかしてボクは現場に駆けつけた。
先生に抱きかかえられたレモは真っ青な顔をして、意識がないようだった。
「…分からない、とにかく、保健室に運ぼう」
馬鹿!無理ばっかりするからこういうことになるんだよ!
でもやっぱり……ボクの責任だ。彼を疲れさせている大半の原因はきっとボクだ……!
やっぱり、やっぱりせめて夜だけでもボクが逢いにいかなければ良かったんだ!
そしたら彼は少しでも休むことが出来たのに……!
先生は、レモを抱きかかえ、保健室に運んで行こうとした。
大丈夫なのかな、先生だって決して頑強なタイプじゃないんだから、ボク手伝うよ。
ああ、なんて貧弱なんだボクは。
「亜崎」
威圧感のある、それでいてよく通る低い声。
はっと振り向いたボクの後ろには志賀君が立っていた。
そしてボクの横を通り抜け、先生を睨みつけた。
「こいつは俺が運ぶ」
レモを彼自身の腕の中に引き寄せ、軽々と抱き上げる。
同じくらいの身長なんだから決して軽くないだろうに、志賀君の腕力は普通じゃない。
「参ったね」
残された先生は、笑って肩を竦めていたけど……
五時間目休みにボクは保健室へと向かった。
どうしてもボクはレモに謝りたかった。
きっとレモはボクのせいじゃないって言ってくれるだろうけど、実際彼がボクのために無理している部分があるのは事実だもの。
最近は志賀君はボクに手を出したりしていないけど、それで油断するわけにもいかないから。
…ボクは一度、志賀君にちゃんと話してみないといけないのかもしれない。
だって志賀君は、ボクの身体の支配権なんかにとても興味がありそうには思えない。
だから説得すれば、どうにかなるかもしれない。
もしそうなれば、もうレモもボクを守ったりしなくて済む。
…現実世界で一緒にいられないのは寂しいけど、彼に無理させるよりはずっと良い。
「…」
保健室前でボクは立ち止まった。
ドアをノックしても、返事がない。
先生いないんだろうか……。
ボクはひょっこり背伸びして、ドアの窓ガラスから中を覗き込んだ。
……保険医の先生はいないみたいだ。
だけど、ベッドの横に志賀君が座っている姿が見えた。
じっと、ベッドに横たわるレモを見下ろしている。
どうしよう、なんか入りにくいな……。
うーん……ふと思ったんだけど、…なんか変なの。
何が変って、本当に変な言い方だけど、…レモは今倒れていて、志賀君にしてみればボクに手を出す絶好のチャンスなわけで。
なのにこんなふうにレモを見舞っちゃってるなんて、なんか変だよね。
……少しは志賀君も、レモを心配してくれてると考えてもいいのかな。
ネオさんのことでだいぶ疑いかけてたけど、ちゃんと友情のようなものは感じてくれていたのかな。
……とにかく今日は、入るのはやめておこう。
水を差す?のも何だし…ボクの姿見てやること思い出されても困るし。
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