公園の花時計の前で待ち合わせる。
カナンはニロの姿を見つけて駆け寄った。
「ごめんなさい、お待たせしてしまって」
「いえ、俺もついさっきついたばかりなんで」
にっと笑ったニロに、カナンは笑い返した。
「嘘ね。顔が真っ赤よ」
「カナンさんに逢えたからですよ」
「相変わらず口がお上手ね」
この炎天下の中、いったい何分前についていたのだろう。
カナンはハンカチを取り出し、ニロの額の汗を拭ってやった。
するとその顔はますます赤らんだ。
「そんなんじゃ本命の彼女相手のとき失神しちゃうわよ」
「ハハ、これは一本とられましたね」
「あ」
ニロはカナンの手からハンカチを取り、鞄に入れた。
「今度洗濯して返します。俺なんかの汗吸っちゃって申し訳ないですから」
「べつにいいのよ」
「いいんです。カナンさんに逢う理由が欲しいだけですから」
本当に口が上手い。
だが、それが本当だったらいいのに、と思う気持ちが自分の中にあることに、カナンは気がついた。
(馬鹿ね、すっかり彼の口車に乗せられて)
芽生えかけている気持ちをぐっと押さえる。
いくら彼と過ごす時間が楽しくとも、それはこの瞬間だけのものでしかない。
彼には好きな人がいるし、この瞬間も永遠には続かない。
(割り切らなきゃ)
本気になってしまう前に。
「じゃあ、行きましょう?」
二人は街へと繰り出した。
行き交う人々の間に混じるように、並んで歩く。
そして自分たちのように男女で歩いているのは、大抵カップルだということに気付かされる。
「なんだか俺たち恋人同士みたいですね」
「何言ってるの」
「ハハ、冗談です」
ニロは軽やかに笑う。
「あ、ここ入りましょ」
立ち止まる。カナンは店の看板を見上げた。
「……お好み焼き?」
また随分この世界のデートスポットには似つかわしくないところね。
と、考えかけて、カナンは眼を伏せた。
(私、どうかしてるわ)
別にこれはデートではない。
いつのにか彼の言葉に本当に乗せられている。
ホールに席まで案内されながら、ニロは大きな口で微笑む。
「カナンさんは意外とこういったところの方が好きそうかな、と思って」
見れば至る所から、大きな鉄板の上で焼かれる芳しい匂いが漂ってくる。
「夕方なのに随分繁盛しているのね」
「夜になったらもっと込みますよ。家族連れが増えますから」
座布団に腰掛け、ニロがメニュー表を広げた。
眺めてみるともんじゃ焼きだの餅入りだのと一見して初めてのカナンにはよく分からない。
「まあまず始めはオーソドックスにいきましょう」
テーブルに設置されているボタンを押す。
注文を受けに来たバイトであろう少年にニロはカナンにとって分からない単語を発し、少年は去って行った。
ニロが器用に具材を焼いているのをカナンは眺めていた。
「上手いのね」
「前此処で一時期バイトしていた時期があるんです」
その頃はわざわざ店員が焼く方式で面倒だったんですよね、と彼は口を緩めた。
焼けたものをへらで切り、皿に盛り分ける。
「あ、美味しい」
「でしょう。良かった、久々だったんで腕が鈍ってるかとひやひやしてたんです」
いつのまに注文したのか、彼は二枚目を焼いている。
しかしふと、その視線が少し険しくなった。
「カナンさん、この間の怪我は大丈夫でしたか」
「え、ええ」
セリに突き飛ばされたときのことだろう。
カナンは打ち付けた箇所をそっと撫でると、「大丈夫よ」と微笑した。
確かにセリは尋常ではない力であったが、特に酷い怪我をしたというわけではなかった。
ニロは胸を撫で下ろし、一旦口を引き結ぶと、
「本当はあれから、ずっとそれこそさっきの比じゃないくらいにひやひやしてました。もしあの後、そのとき気付かなかったところを怪我していたらどうしようと」
「…どうしてあなたがひやひやするの?」
「自分勝手な理由です。もしそれで貴女に二度と逢えなくなったらと」
胸を突く言葉に、カナンはぎゅっと打ち付けた箇所を押さえた。
(……卑怯だわ)
そんな真剣な顔で、そんなことを言うなんて。
カナンは震えそうな唇をぐっと堪え、無理に澄ました顔をしようとした。
「大丈夫よ、本当にそんな酷い怪我じゃなかったもの」
「……ええ、今日、貴女の元気そうな姿を見て心底ほっとしました。それに、それだけじゃない。もしかしたら貴女は怪我のことがなくとも俺に逢ってくれないかもしれない、と思っていましたから」
……彼はきっと、カナンがセリの言っていたことを気にしているのではないか、と思ったのだろう。
_____『あなたがたはなんてけがらわしい』
「私は、あの子の言うことを気にしたりなんてしないわ」
だってけがらわしいことなんて、一つもないもの。
カナンは精一杯微笑んだ。
……本当はセリの言いたいことが、嫌というほど理解出来てしまっていた。
敵対する勢力同士の愛ほど無意味で身勝手で蔑まれることはないのだ。
(……でも彼との間柄は、愛じゃないのよ)
そう自分に言い聞かせながらも、カナンは胸にある感情の正体を認めずにはいられなかった。
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