花屋で働いていた彼を見掛けたのは偶然。
そしてファーストフード店で働いていた彼と出逢ったのも、偶然だった。
「あら、あなた……」
「あ、カナンさん!またこちらにいらしていたんですね」
ニロはハンバーガーとポテト、シェイクを持ち帰りの袋に包みカナンに手渡すと、軽くウインクをした。
「ちょっと店の外のベンチで待ってて下さい。今日はもう上がりなんです」
「え、ええ」
言われた通り待っていると、まもなくニロはやってきた。
「おまたせしました。俺も運が良いですね、二度もカナンさんに逢えるなんて」
「私もよ。でも、この間はフラワーショップだったと思うけど…」
「はは、掛け持ちしてるんです。せっかくこっちの世界にいるんだから、色々やってみないとね」
ニロはからりと笑って、「どうぞ召し上がって下さい」と先程カナンが購入したバーガーの袋を指し示した。
冷めてしまうと美味しくないですから、と彼は言う。
「でもカナンさんがファーストフードなんて意外です。てっきり入るならお洒落なカフェかと」
「一度食べてみたかったの。でも、ちょっと油っぽいわね」
「そうでしょうね、でも、カナンさんなら少しくらい食べ過ぎてしまっても平気なくらいお奇麗ですよ」
歯の浮くような台詞も、彼が言うと嫌味がない。
カナンは小さく笑うと、ポテトの箱をニロに向けた。
「でも少し手伝ってもらえるかしら。ちょっと量が多かったみたいだから」
「そうですか?ちょうど働いた後はお腹が減るんで助かりますよ」
ニロは笑う。
本当に、この間会ったときからよく笑う人だ、とカナンは思っていた。
「カナンさんは気になる人はいるんですか?」
「え?」
そこに突然の質問。
思わず心臓が妙な方向に飛び跳ねそうになる。
だが。
「俺は…います。でも、今のところ見込みがなくて。多分、気がついてすらもらってないと思います」
「……そうなの」
苦笑じみた横顔。自然とポテトを食べる手は止まっていた。
「もしかして、あなたと同じ深層派の……?」
個体である少年の中から、外の世界はよく眺めていた。
あの輝かんばかりの少女のことを、彼は好きなのだろうか。
ニロは寂しげに微笑み、気を取り直したかのようにポテトに手を伸ばす。
そしてそれをぺろりと平らげると、すっくとベンチから立ち上がった。
「さ、カナンさん行きましょう」
「え、どこへ…」
「街ですよ。今度もし逢えたらこの世界の案内をしようって決めてたんです」
ニロはカナンの手首を掴み、彼女を『外の世界』へと連れ出した。
それからカナンはニロとゲームセンター、雑貨屋、アクセサリーショップ、博物館と取り留めもなく見て回った。
そして気がつくと、日は暮れて街はすっかり夜の気配に包まれていた。
カナンはアクセサリーショップで買ったイヤリングを、まるで少女のような表情で眺め、ニロへと振り返った。
「ありがとう、今日はとっても楽しかった」
「俺もです。普段はシガの世話とバイトしかしてないんで」
「そうね、右腕なんだものね、…しっかりしなきゃね」
カナンは目を伏せ、イヤリングをポーチに入れた。
つい彼の明るさに眩まされて、彼が深層派であるということを忘れてしまいそうになる。
こんなふうに馴れ合ったところで、いつかは。
「あ、あれは……」
ふと、ニロの声にカナンも顔を上げた。
誰だろうか。一人の青年がこちらに向かってまっすぐ歩いてくる。
ニロが知っているということは、深層派の一人だろうか。
その青年が現実世界の人間でないのは、感覚を持ってして理解した。
「こんなところで深層派の男と夢幻派の女が逢引ですか」
その内容とは裏腹に澄んだ声。けれど酷く機械的な。
「あなたは、誰?」
と、問い掛けたカナンに、ニロが答えた。
「…理性派のセリです」
「セリって…あの……」
レモに怪我を負わせた子供。あのときカナンは、それを克也の中から見ていた。
だが目の前にいる男は子供ではない。どう考えても、その骨格、容姿は十代後半以上のものだ。
事実、カナンはセリに腕を掴まれた瞬間、その力は到底子供のものではないと思った。
「カナンさん!」
突然、突き飛ばされ、地面に身体を強かに打ち付ける。
ニロに抱き起こされたときも、視界がちかちかした。
「カナンさん、しっかりしてください!」
「だ、いじょうぶよ……」
ただ単に突き飛ばされただけなのだから、と身体を起こそうとする。
地面に打ち付けた肩がずきりと痛んだ。
「派閥同士が敵対しているにも関わらず、貴方がたはなんてけがらわしい」
抑揚はあるが感情の認められぬ声色で、青年は二人を見下した。
その眼差しは、侮蔑と嘲り、醜さの色に塗り固められていた。
← Back/
Top/
Next →