23.ほのほ
宇渋町の外れにある湖の上に浮かぶ小さな小さな掘建て小屋。
其処は古くから宇渋町の名物となっている団子屋で……と観光パンフレットには書いてあった。
(白夜さんの甘い物好きにも参っちゃうよ……)
先を歩く白夜の頭からはハートマークの噴き出しが出ているかのよう。
陽炎は軽く頭痛のする頭を抱え、その後を付いて行った。
(姫にはああ言ったものの……)
宇渋町の外れ。木陰で湖に釣り糸を垂らす如月の姿を見つけて、響は知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。気付いているだろうにこちらを全く振り返る気配もないその背中に歩み寄り、声を掛ける。
「昨日、町で姫と会ったよ」
彼の瞳が響を捉える。関心はあるらしい。
「相変わらずだったよ。…それと、彼女は陽炎君と白夜君とも会ったみたいだね」
その視線は水面へ戻る。
しかし、あの二人の名前が出た所為だろう、横顔から、先程よりも神経をぴりぴりさせているのが分かる。
本当に目の前の彼は、あの二人のこととなると途端に落ち着きを失くす。
それがあまりに不愉快で、響は思わず笑みを歪めた。
「姫は君に似て天の邪鬼だから、素直に言うことを聞くような子じゃないよ」
彼が以前、彼女の母親の命をたてに、彼女の口を封じたこと。
あのときは彼女も大人しく口を閉じていたが、今回もそうだとは限らない。
遠回しにそう指摘してやれば、彼の心は僅かにだが震え出す。
既に心の奥底で分かっていることを、他人に指摘されて喜ぶ人間はいない。
反発しかけて、それが事実であるならば改めて認めざるを得なくなる。
「…お前はいったい何しに来たんだ」
「特に用があるというわけではないんだけれどね」
それ以上の追及を避けるかのように、彼は話題を変える。
響とて別にそれほど追及したい話題ではなかったので、彼の話題に乗ることにした。
…追及すればするほど、彼があの二人を気にしていることを思い知らされるのに、何故わざわざ追及する必要があるだろう。響の苛立ちは、彼があの陽炎という少年を追って組織の空間に飛び込んで来たとき、既にピークに達しかけていた。
今こうしているときでさえ、いっそ彼を滅茶苦茶にしてしまいたいと思う自分を抑え込んでいる。
…実際、彼を精神的に追い詰めて壊してしまうのは簡単だろう。
しかしその反面、そんなことをしたくはないと思っている気持ちもあった。
「望」
横に座り、その頬に手を伸ばす。
唯一の血縁。己の半身も同然の弟。
「…好きだよ」
言ってから、そういえば再会してから一度もこの言葉を言ったことがなかったということに気がついた。
自分の中では当然のこと過ぎて、口に出すのを忘れてしまっていたかもしれない。
「君がどんなに逃れようとしても…君は私のものだよ」
「ああ……」
彼は彼自身が響のものだと言われたところで否定はしない。
おそらく、双子というある種の一体感がそうさせるのではないかとは思う。
(…それでも、私は君を失いたくないんだ)
彼を本当に傷つけるのは、自分だけでありたい。
その上で、大事にしたかった。
彼が他の誰かに傷つけられるのも、他の誰かのことばかり考えているのも嫌だった。
「好きなんだ…………」
これが独り善がりの感情だとは知っていた、…昔から。
ドッポーンという派手な水音とともに湖に落ちたかと思えば、
少し泳いで近くに見えた陸に上がろうとして見知った顔の二人がそれはもう濃厚な口づけを交わしていたとしたら。
「………」
白夜は惚けた。
しかし教育的判断から同時に落ちた少年だけは水面に頭を押し込んでおいた。
「やあ白夜君、久し振り。君たちのおかげでせっかくの雰囲気がぶち壊しだよ」
陸では芦辺という青年が笑う。湖を漂っているという奇妙な敗北感からか、その笑みは嘲笑にも見えた。
その隣では唇を拭う釣り人の青年。一瞬見えた透明な糸の所為で、つい先程見たものが現実だと受け入れざるを得ない。
「……さんっ」
そうしてしばらく呆然と響と見つめ合っていたところ、水の中からもがくような声が聞こえてきた。
うっかりしていた、とその頭部を押さえる手を放すと、陽炎が勢いよく顔を出した。
相当苦しそうだ。
「白夜さんっ、…いきなり……なにしてくれてんの……っ…、……あ、……響さん」
彼は白夜に文句を言った後、陸にいる二人の存在に気がついたようだった。
響は陽炎に微笑みかけ、如月に何事か囁くと立ち去って行った。
白夜はまだ、頭の中が呆然としている。
「…大丈夫ですか?」
陸から、如月が手を差し出している。
先程、唇を拭った手だ。
はた、と如月の顔を見上げて、脳裏に先程の映像が過った。
顔面から火が噴き出しそうになる。
「桴海君!」
「白夜さん何してんの!」
沈みそうになっていたのか、いつのまにか陸に上がっていた陽炎と如月に引き上げられ……
「まさか湖から桴海君達が上がって来るとは思ってませんでしたよ」
明らかなる嘲りの響きを込めて、如月は言う。
彼がそういった声色を発するときは、陽炎は傍にいない。
二人きりのときだけ発する声色と言えばそれなりに甘い雰囲気でも出そうなものだが、白夜と如月の間でそれはない。あるのは彼の不思議なまでの刺々しさだ。普段二人きりになるときでももう少し穏やかだというのに、今日に限っては…まるで以前犯された日のようだ。
響との口づけを見られたことで、苛ついているのだろうか。
彼の性格からしてそれはないだろう。が、白夜は一応聞いてみた。
「なんだ、あんた苛ついてんのか?」
「どうしてですか」
「声がくそ苛ついてる」
「気のせいです」
…どこが、とは思う。
白夜は、陽炎が団子屋のおばさんの捕まっているのを確認してから、その横顔を見遣った。
どうしても思い出すのは先程までのことだが。
(芦辺の奴…『元彼』だとかほざいてたもんなあ……)
どうやら嘘ではないらしい。白夜は大きな溜め息をついた。
(別に僕が気にするようなことじゃねぇけどよ…いくら一度掘られたからって……)
改めて考えると嫌な事実だが。しかもそんな人物とこうして普通に話していられるとは、自分も相当心が広いらしい。
(仕方ねぇじゃねぇかよ)
らしくもなく戸惑っているような、困惑しているかのような顔であんなことをされてしまっては。
常日頃が非常にむかつく人間だけあって、突き放せない。
「…姫とはもう会いましたか?」
と、彼が不意に話題を振ってきた。
白夜は目を見開いてはっと思考を現実に戻した。
「あ、ああ。昨日」
「元気そうでしたか」
「ああ…相変わらずな」
今頃彼女はどうしているのだろう。
買い物は昨日散々しただろうから、ぱーっと遊び呆けているのだろうか。
白夜は想像を一回りさせると、またもや思考を現実に戻した。
横に座る如月の顔を見て、やはり思い出してしまう。
顔が無駄に熱い。
如月が感心したように言った。
「……桴海君って、本当に純情な方ですよね」
「っあんなもん見せられて、真顔でいろってのかあんたは……!」
「たかが親愛のキスじゃないですか」
「しししし親愛で、し、た入れるか普通…………!!」
如月は至ってどこ吹く風、といったところだが、白夜は顔が真っ赤に染め上がっていた。
思い出すだけで音だの液だの声だの生々しいことこの上ない。
「あれもしかして桴海君……」
きょとんとした顔で、彼は白夜のを覗き込んだ。
白夜は白夜で咄嗟に隠したのだが遅かった。
「…たっちゃったんですか?」
「あ、んたそういうこと…言うなよ………ッッ」
もはや茹でダゴ状態だ。今すぐ舌を噛んで死にたい心境だった。
如月は軽く笑う。
「まあ桴海君もまだお若いですから。抜いて差し上げましょうか?」
「っいい、放っておけば静まる!」
「どうせ早漏でしょうし出した方が早いですよ」
「何がどうせなんだよ!いい、とにかくいいから、触んな!」
失礼にもほどがある。
そう思って白夜は如月を振りほどこうとしたのだが、
「しかし、…その…一応責任は取らないとまずいのかなとも思うわけでして…そんなふうにした」
彼も妙なところで律儀だった。
このようなやり取りをもしも陽炎に聞かれでもしたらどうするつもりなのだろうか、この男は。
「……わーったよ」
このまま押し問答していても埒が明かない。陽炎もいずれ来るだろう。
白夜は頭を掻きむしると、如月と視線を合わせた。
「ふか……、っ……………!」
彼の目が大きく見開く。
(……生温い………)
ぎこちなく絡めた舌には、自分のものではない、他人の体温が纏わりついた。
これが気持ちいいのかそうでないのかは、必死過ぎて考える余裕もなく。
「…っ今日はこれで勘弁しといてやる…」
彼が責任だとか言い出すから、このような言い方しか出来ないのである。
白夜は真っ赤な顔のままそう言い放つと、湖に顔を突っ込みたくなるのを我慢してその場にじっと座り直した。
屈み姿勢になっていた如月は、小さく噴き出したように笑うと、ゆっくりと腰を下ろした。
その頬は僅かにだけ赤い。
「………桴海君、ヘタクソですねぇ」
陽炎と白夜が宇渋町に戻ったのは、それから間もなくのことだ。
二人は、お土産屋の和菓子売り場で姫がうろうろしているのを発見した。
「花芽宮」
声を掛けると、彼女の背がぴくりと止まった。
買い物かごに目の前の棚にあったらしき和菓子セットを放り込み、振り向いた。
「…あら白夜と陽炎」
「また土産か?」
「ええ、……そうよ」
(あのおばさん、和菓子食べるのかな)
陽炎はそう思いつつも、口には出さないでおいた。
確か以前も姫と白夜のやり取りに似たようなことを思ってしたことがあったような気がしたが、それはこの二人の会話に口が出しにくいせいだろう、と思った。何故か、自分が口を挟んでしまうと二人の会話のテンポが崩れてしまいそうなのだ。
「ところで、この後暇か?」
ぎょっとする。まさかのデートのお誘いだろうか。
と、陽炎が硬直していると白夜は。
「実は、こいつと勝負してやって欲しいんだよ。前、頼もうと思ったときはこいつ疲れてたからよ」
「なんだ、そんなこと?」
姫も心無し拍子抜けしたように、彼を見ている。
陽炎は白夜からそのような話は聞いていなかったが、素直に了承した。
「花芽宮さんさえよろしければ、よろしくお願いします」
「別にかまわないわよ」
姫も頷き、一旦買い物かごの商品を購入するためにレジへと向かった。
三人は空き地へと繰り出し、陽炎は空を仰いだ。
…雨が降りそうな天気ではないのは有り難い。炎を操る楊炎術者に水は大敵だ。
しかし、もしも楼闇術者に遭遇することがあって、その日が雨だったとしても自分はきっと追うのだろう。
たかが気象条件如きに敵をそうそう逃がしてはいられない。
そう考えてしまえば、天気のことを気にするのは彼女が敵ではない、ただの術者でしかないために過ぎない。
簡単に言えば気が抜けている。
「準備はいい?」
姫は買い物袋もわきに置いて、態勢は万全らしい。
陽炎も軽く手首を慣らす程度で、特にすることはない。
「いいよ」
そして彼女がじり…と一歩踏み出すのと同時に、陽炎は身を屈めた。
頭上で蔓がしなり、更に方向を変える。
(花芽宮さんは華林術者だからなァ)
その蔓を炎で迎え撃って焼き払い、陽炎は小さく地面を転がった。
姫の放ってきた花吹雪を再び猛火で焼き捨て、具現化させた炎の氷柱で追撃する。楊炎と圧倒的に相性の悪い華林は、それを身をかわして避けるしかない。だが同様に相性の悪い樹林である白夜であったら、陽炎が厄介な炎を出す前にその腕の自由を奪ったことだろう。
「花芽宮さん!」
姫の視線が陽炎を貫く。
「遠慮しないでくださいよ!」
下手すれば逆上するであろう言い回し。
しかし陽炎は、姫が多少遠慮しているように思えて仕方がなかったのである。
「……陽炎……」
白夜の呆れた声が離れたところから聞こえてきたが、気にしない。
すると姫は、先程までの花弁とはまた違った粉塵のようなものをその手から発した。
甘く鼻につく芳香が漂い、それを吸った陽炎は少しばかり思考が鈍ったような気がした。
(えげつないな)
催眠ガスのようなものか。
膝から力が抜けかけ、陽炎はそれすらも炎で焼き飛ばそうとした。
しかし構える前に、粉塵の隙間から無数の棘が飛ぶ。
火を出す暇もなく、地面の砂を巻き上げそれを打ち落とす。
姫は負けず嫌いなのであろう。攻撃の手は止まず、棘の付いた蔓が陽炎の足を掠めた。
まるでいつかの時代の拷問器具だ。
だが蔓を使うときには余程でない限り隙が生じる。陽炎は蔓を焼き切り、炎を姫の面前に飛ばした。
勝負はついたのだった。
「さすがに二連チャンすると凹むわね」
白夜との勝負を含めてだろう、姫はがっくりと肩を落としている。
それを励ますのは白夜の役目だ。
「陽炎が楊炎なんだ、しゃーねぇだろう」
「そうだけど……」
挑発された形となったことを気にしているのか。
陽炎はぽりぽりと頭をかくと、「すいませんでした」と小さく頭を下げた。
姫は首を振り、白夜の方を見上げる。
「それにしても、陽炎がこんな攻撃的なんじゃ白夜も大変でしょ」
「いや…それほどでもねぇけど。それにあんただって人のこと言えねぇだろ?」
「分かってるわよー、けど負けたくはないって思うじゃない」
結局のところ、陽炎も姫も好戦的な性格なのには変わりない。
かと言って、白夜が好戦的ではないかと聞かれると、疑問である。
「俺、ジュースでも買って来るよ」
「ああ、頼む」
疲れている姫を気遣って、陽炎はいそいそと自販機を探しに旅立った。
本当は別の気遣いも含めているのだが、おそらく当人らが気付くことはないだろう。
姫と一緒に残された白夜は、よっこらせと岩の上に腰を下ろした。
近くにもう一つ座れそうな岩を見つけ、姫に座るよう促す。
「あーっ、疲れたっ」
「体力足りないんじゃねぇのか」
陽炎との勝負はそれほど疲れるものではないというのは、あくまで白夜の主観である。術者としての実力から見ると、陽炎と姫の間には陽炎と白夜のような差はない。
したがって、彼女が疲れるのも無理はないが。
姫はべっと舌を出した。
「違うわよ。まあ、私にだって色々あんのよ」
「あー、そういや、如月なら町外れで見たぜ」
「そうじゃないわよ、…違うのよ」
てっきりあの捻くれた義兄のことかと思いきや、違ったらしい。
ならば他に彼女が悩みそうなことといえば、母親のこと、だろうか。
姫は首を振った。
「いいの、別にあんたが気にするようなことじゃないわ」
「あのな…」
なら始めからそんな素振りを見せなければいいのだ。
そう言ってやろうとしたが、姫に遮られた。
「なんかあんたの顔見てると言いたくなるのよ。でも、やめておくわ」
「顔って…僕は犬か、ペットか?」
「確かに犬っぽいけど、いいの、気にしないで」
納得は出来なかったが、貶されているわけでもないだろう。
白夜は黙り込むと、ふと思い出したことを口に出した。
「…あんた、あいつの妹なんだよな?」
「…血は半分しか繋がってないけどね」
姫の視線が僅かに鋭さを増す。その眼差しは、午前中に会った彼を彷彿とさせた。
きっと彼が不機嫌そうな顔をしていれば、この二人はよく似ているのだろう。
「あの……一言だけ聞いていいか?」
「なに?」
「知らなかったらわりぃんだけどよ、その、…あいつ、芦辺とどんな関係なんだ?」
如月曰く『親愛の』響曰く『元彼』らしいが。
果たしてそれだけの…それだけの基準がもはや曖昧だが…それだけの関係で、あんな…ことをするものなのだろうか。
白夜は何故か姫と顔を向き合わせ難い心境になり、そっと視線を下ろした。あんなこと、と表現しておいてなんだが、白夜自身もそれをしたわけである。しかし白夜と如月こそ、これといって名前のある関係ではない。
そう考えると、姫にそんなことを聞いてしまった自分が妙に恥ずかしく思えてきた。
(ば、ば、ば、馬鹿かっ)
「あ、あの、やっぱりな…」
「……知らないの?」
姫の瞳が意地悪く輝く。
けれどもそれは、可愛げのあるものではなく、悪意すら見え隠れしているように白夜には思えた。
「花芽宮?」
ひやりとしたものが背を伝う。
「すいません、おまたせしましたー」
陽炎が戻って来ると、白夜が何故かほっとしたような顔で出迎えた。
ジュース二本を手渡すと、彼は姫に、
「花芽宮、あんたどっちがいい?」
と、ピーチのジュースかパイナップルのジュースかを選ばせた。
白夜さん桃が良いくせに無理しちゃって、と陽炎は内心つぶやく。
そういう彼自身の手にはコーラと、ちゃっかり好みを反映させている。
無論買いに行ったのだからそれくらい当然なのだけれど。
「それで、二人は何か話してたんじゃないんですか?」
戻って来たとき、何か姫が言いかけていたように見えたのだが。
陽炎としては、甘い雰囲気になっていなかったのが残念でもある。
そう言うと、白夜の顔がどことなく翳った。
逆に、姫の瞳は爛々と輝いて見える。そう、例えるならまるで他人の秘密を暴露するような意地の悪い輝きで。
思わず陽炎が眉を寄せても、彼女は気がつかない。
「そうそう、さっき白夜が望と響のことを聞きたそうにしてたのよね」
「…如月さんと、響さんのこと?」
その二人だったら、以前からの知り合いだと聞いていたが。
白夜に視線で同意を求めれば、彼は頷いた。
「…あいつらが何だってんだ」
声が一段階低い。陽炎が、心がざわつくのを感じた。
姫の唇が、くぃいと持ち上がる。
「あいつらはーー」
その瞬間、陽炎の視界は誰かの背中によって覆われた。
「人のことを勝手に話さないで頂きたい」
聞いたことのない冷えきった声が、陽炎の鼓膜を震わせた。
「き、さらぎさん………」
銀髪の後ろ姿。
その姿はどう見ても彼なのに、名前を呼んでも彼は振り返ろうとはしなかった。
背中が、静かに陽炎の存在を拒絶する。
「…ど、うして?」
姫の上擦った声が地を這う。彼女らしからぬ、快活さの抜け落ちた声色。
「何か話されてまずいことでもあるの?」
「不愉快なんですよ。話したければ、ご自分のことでも話せばいい」
「っどうして……ッ!」
彼女の中で堪えていた何かが泣き叫ぶような、金切り声が空気を切り裂いた。
だがすぐに彼女はそれをぐっと堪えたかのように、唇を噛み締めた。
「陽炎……」
掠れた声に陽炎は顔を上げた。
如月の背中に隠された所為で、彼に姫の表情は窺えなかったが。
「こいつは……」
「陽炎君、少しの間姫と二人だけにしてもらえませんか」
姫の言葉を、如月が強引に遮る。
陽炎は唖然としたまま、瞳を揺らした。
立ち去ってはいけないような気がするのに、彼は立ち去れと言う。
どうしたらいいのだろう?
分からずに立ち尽くしたままでいる陽炎に、如月の腕の隙間から姫の手が伸びてきた。
「陽炎、こいつは…!」
その手は陽炎の肩を掴む直前、如月によって引き剥がされた。
彼は姫を腕に中に押さえつけ、声を荒げた。
「っいい加減にして下さい!陽炎君には関係ない……!!」
(ーー………!)
一瞬、陽炎は、心臓を鈍器で殴られたかのような衝撃に襲われた。
全身の機能が停止して、意思さえもどこか宙を漂っているかのような。
如月はハッとしたかのように陽炎を見たが、すぐに顔を背け、少し前の姫と同じような掠れた声で、
「……申し訳ありません、……どうか、この場は姫と二人だけに…してください」
彼を遠ざけた。
陽炎は、「あ、うん………」と頷くことしかできず、白夜に肩に手を置かれても、何も考えられなかった。
ただ、如月の背中が自分を拒絶しているのだけは分かって、無性に渇いた悲しみに似たものがこみ上げて来て。
「陽炎!」
無我夢中でその場から駆け出すほかなかった。