11.摘出









「何処でそのことを?」
コポコポコポ、と月咲が茶を注ぐ。
温かな湯気が醸し出す柔らかな雰囲気とは裏腹に、
彼の声色は未だ幼き訪問者の真意を推し量ろうとしていた。
(さて…どう説明するか……)
だがそれも当然のこと。
法律の文書は『術者化』として表面的に軽く触れている程度であり、
『摘出』などといった具体的な手段や方法は一切記述しない。
従って一介の術者は、まずそういったタブーを知り得ることはない。
年端のいかぬ陽炎のような少年であれば、尚更だ。
(この人が聞きたいのは何処で?じゃなく何故、なんだろうな……)
説明は得意ではない。
陽炎はやむを得ず場所と理由両方を引っ括め、
「恋須賀街で、素質売買の現場を目撃した際に一緒にいた人に聞いたんです」
「一緒にいた人はその専門の道の人だったのかな」
「いえ。一般の人で…以前図書館で読んだとのことでした」
「…そうか」
月咲は文献を置き、戸棚から筒状に留められたポスター大の用紙を取り出すと机の上に広げた。
それは術者の体の内部構造図らしく、黄ばんでいて、かなりの年月を経過しているもののように見えた。
陽炎はよく見ようと体をぐっと机に寄せた。
「素質といわれるものがあるのはここだ」
月咲は図の心臓の中にある不格好な物体の上に指先を乗せた。
「素質といっても一般に才能などを指し示すような形もないものではない。生まれたときからある立派な器官の一つさ。ただ、必ずしもあるわけではなく、遺伝的な要因も大きい」
母親は術者ではなかったが、父親は術者であった。
「僕の場合は両親いずれも術者ではない。まあ祖父から遺伝したと言われてはいるが」
果たして、生まれる以前から術者になる確率のあること…術者になるということは幸か不幸か。
「素質は生まれたときから徐々に育っていき、体内に根を張る。根は個人差はあるが手足が特に多いらしい。 成長するペースも個人差、術者差がある。」
「根が張るペースって何か能力に関係してるんですか」
自分の体内にも根が張っているだなんて、いささか身震いするような思いだ。
身震いといっても体の内部の無意識的な…これは本当に意識のないという意味だが…部分はそんな根の存在など、とうの昔に受け入れてしまっているのだから今更という感も否めなくもないが。
だがもし事件にでも巻き込まれ、死体解剖されそうになっても、自分の体だけは見たくない。
「あまり速く侵蝕…否、根を張られても、躯や心が自体が幼いとコントロールが利かないということはあるな。遅過ぎても習得が遅くはなるが」
彼の言い直す前の言い方ではまるで…術者という人間の身体は生まれながら素質という種に寄生し、蝕まれるためにあるかのようだ。
習得することが出来なければ、身体の主導権などないも同然。
しかしそれでは万が一、負けた場合はどうなる?
「摘出について聞きたいんだったな。」
「はい」
月咲はそこに深く触れようとはしなかった。
敢えて触れる必要はないと思ったのか、それとも触れてはいけなかったのか?
「摘出は違法だが、…どうして違法なのかは知ってるかな」
法律が禁じているから違法になるのではない。
理由があるから法律的に禁じられ違法になるのだ。
まるで言葉遊びのよう。
陽炎は答えようとして、適切な言葉を探した。
想像するに素質摘出に最も近いのは臓器売買であるが、僅かに毛色が異なる気がする。
月咲が〜だから違法なのだと突然切り出すのではなく、何故違法なのかと問い掛けたのは、
単純に陽炎が程々に知っていれば話もある程度省けると考えたのだろう。
無論、場合によっては誤摩化すことも。
興味本位で知りたがっているだけであれば、それも必要なのだ。
そして考えた挙げ句、陽炎は端的に述べた。
「摘出された人間が死亡するから、」
「摘出しても死なないということは?」
「…ないです」
矢継ぎ早に放たれる質問に答えていると、尋問を受けているような錯覚を覚える。
月咲はどういった説明の仕方をするかだけではなく、陽炎が答える際に浮かべる表情や目線から、何のためにそんなことを知りたがっているのかも探っているようだった。
「なら、素質を取り出されたら術者は体を保てないことは知っているんだな」
「術者として出来上がっている身体が駄目になってしまうとは聞きました」
陽炎は恋須賀街で如月に聞いた内容を必死で思い出そうとした。
その間に、月咲は説明の仕方を決めたようだ。
しかし。
「最後に」
「なんですか」
「君が素質売買を見たというのは信じよう。軽い興味本位ではないのも眼を見ていれば分かる」
軽い興味などであるはずがない。
具体的に父親が何をされたのか。
連中が何を考えて父親の素質を売りさばいたのかは知ったことではないし理解出来るはずもない。
どうせ金だ。
だからこそ、その際一体何をされたのか。それが聞きたい。
これはもはや執着に近い。
「摘出の説明自体はすぐ終わる。だが僕はまだ教えていいのか悩んでるよ」
「何故ですか」
「君が聞きたがる理由が、学問などといった知識を蓄えるといったものとは思えないからだ。君の眼には、衝動を秘めた…危ういものを感じるんだ」
陽炎は、自分の喉がからからに渇いていることに気がついて、唾を飲み込んだ。
考えていることが顔に出やすいとは前々から嫌というほど知っていたが、まさか初対面の人間に指摘されるとは思ってもいなかった。
(俺がよっぽどなのか、それとも俺の周りにいる人たちがどうかしてるのか…)
分からない。だが、ここまで来て焦らされるのもたまったものではない。
陽炎は月咲を真っ直ぐに見据えた。
「月咲さん、お願いします」







「まず、摘出するには、助骨を開くための刃渡りの長い短刀が必要になる」
目の前に座る少年は、摘出を実践するようには見えない。加害者にはなるまい。
だが彼の瞳の奥には、色濃い、そして歪みと真摯さが混じり合ったような悲痛が見え隠れしている。
彼の知りたがる内容が、果たして彼のためになるか。

「…素質を取り出すには、心臓を切り開き素質の根を切らなければならない。根は硬く数も多いから、心臓を開く前に薬品を用いて根を溶かし切りやすくする。大抵の薬品は、肢体に張り巡らされた根だけではなく、その根に触れ合った細胞から体内全域を腐食する」

淡々とした話し方になってしまったのは、なるべく簡潔に心掛けようとしたからか。
それとも、この少年にはあまり具体的な状態、有り様を説明しない方がいいと思ったからだろうか。

「ただし薬は、素質自体は溶けないような組成…調合になっている。即効性でその分効き目が切れるのも早く、取り出す際に手を溶かすことはない」
「即効性というのは、本当に薬を使った途端…ということですか?」

俯いている少年。
声には感情を押し殺した響きがある。
ここで説明をやめる手もあるが、どうせもう終わる。
ましてや、少年が納得するまい。
月咲は頷いた。

「使ってしまったら、もう打つ手はない」

術者の体はまるで急速に老化するように干涸びていく。
彼らにとって、素質は心臓や脳よりもなくてはならないものなのだ。
数秒もたてば、それはもはや人間ですらない。
見るも無惨な…収縮した肉の欠片だ。

無論年端もいかぬこの少年を前に、そんな吐き捨てるような言い方はしなかった。
もう少しソフトな言い回しの説明をしたわけだが、少年の拳は震えていた。
半ば予想はしていたが、彼は『犯罪被害者の関係者』だろう。
というよりも、月咲のところに来る人間の三割は彼のような人々だ。
話をしたところで彼らを救うことなど万が一にもないというのに、求める彼らをどうしてか撥ね付けることが出来ない。
彼らの想いが強過ぎるからだろうか。

月咲は説明を締めくくった。
この後の説明まで、彼にするべきではない。

「…素質がなくなれば、術者は終わりだ」

別の素質を入れたところで、体がすぐに再生するわけでもない。
合わずに拒否反応が出るのが関の山だ。


「…有難うございました。」


渇いた声とは裏腹に、少年の頬には一筋の涙が伝っていた。












誰かの嗚咽が聴こえる。
どうしておれの手は血に塗れているのだろう。
目の前で花火が派手に弾ける。
火花がおれに降り注ぐ。
ああやめてやめてどうしてそんな酷くするの。
そんなひとをものみたいに扱わないで。
ちぎれるよ。
ひきつる。
ああ。
ああ。
ああ。


どうして笑うの