03. Rebellion against nation













銃声。
私は壁に身を寄せ、銃器に弾を押し込みつつ、次の銃撃に備えた。前方からの弾丸が嵐の如く地面を削り、壁をぱらりと吹き飛ばす。
床に打ち付けられた弾丸が跳ねて肩を掠める。僅かに焼け付くような痛み。レーザーが彼らの太腿を静かに貫通する。
いくらか犠牲も出ている。それでも戦闘は終わらない。彼らはしぶとく攻撃を続けようとする。防御システムは最初こそ機動したものの見る間に破壊され、ただの残骸と化している。

[H…無事か!]

無線連絡。

「私は無事ですがI、Jが死亡。応援はまだ来ないのですか」

先方の人数が多いのかこの銃撃戦はなかなか終幕を迎える様相を見せない。催涙弾を撒けば事は簡単に済むと終わるだろうに応援が来なければそれも出来ない。私自身、人が出払っているがために駆り出された非常要員ではあるのだが。
…、…。

「Kも負傷したようです。配置動きます」

人員不足にも程がある。
計画的に練られて行なわれた犯行なのか、どうやら似たような戦闘が他所でも行なわれているらしい。おかげで人手が割かれてこちらの施設内は荒れに荒れている。尚、犯行グループは国家システムへの反逆、自然回帰思想を掲げている連中だということだ。彼らはこの自由生活の恩恵を享受しながらも、統率された生活が嫌なのだと主張している。
Kさんは右肩を負傷したようだ。あれでは正確に銃も撃てまい。
私は銃弾をかわしてKのいる物陰に身を隠すと、近付いて応急手当の血止めを手渡しひとまずじっとしているように訴えた。

「無闇に撃てば撃たれます。負傷していることが分かれば傾れ込んでくる可能性もある」
「けどよ」
「人質にだけはならないようにしてください。殺されます」

ただし殺すのは彼らではなく、こちらの味方の人間である。私たちのような人間に人質の価値はないのだ。一種使い捨ての、むしろ連中の油断を引き出すにふさわしい囮である。ただ価値もないし代わりはいくらでもいるため、死亡した場合の再生作業すら行なわれない。
彼は頷いたのを確認してから、レーザーで連中の身体を焼く。国家への反逆を企てた彼らはもはや国民として扱われない。
急所だけは撃たぬよう、自由に逃げられぬよう足を貫く。悲鳴と怒号が響き渡り、まさに地獄絵図のような光景が視野一面に繰り広げられている。
…終わりか。
無線が壊れたのか、歪なノイズが漏れ出して彼らの呻きと混じり合っていた。






国家反逆罪。
その罪を犯した者は記憶だけでない存在の抹消を余儀なくされる。死して尚蘇ることが可能なこの現代において、彼らは粉々に砕かれ跡形もなく片付けられる。存在を否定される。再生不能者となる。
本物の死を感じたことのない彼らは、いとも簡単に復活させられる生しか知らず、死ぬということがどういうことなのか分からぬままこうした罪を犯す。愚かだとは思わないが、甚だ無謀であると考えざるを得ない。そんなデメリットを冒してまで国家に対して牙を向けて何の得があるというのか。現状に何の不満がある。牙を抜かれて安穏と暮らすことに生き物としての生が不安を覚えるのか。堕落は人を駄目にするのか。だが決して苦痛に塗れたいわけではあるまい。痛みや不安から人々は逃れたがっていた。だからこそ今のような国家体制が成立しているのである。
銃撃戦ののち、何人もの元市民達が拘束された。他の犯罪者達とは異なり話し合いの余地はない。
身体検査のため彼らを一列に並ばせる。男女は関係ない。彼らは生まれたままの姿で立たされ、屈辱に耐えている。本来であれば屈辱に耐える資格すらない。罪を犯した時点で彼らに人権はないのだから。なのに彼らは非難がましい目で私たちを見る。まるで自分たちが被害者であるかのように。

「この政府の犬め…」

事実犬だ。もしかしたら犬より扱いが悪い。使い捨ての駒である。
私は他の役人達が彼らの身体を調べるのを不審のないよう注意して眺めながら、改めて今回犯行グループの一覧名簿に目を通した。…前科のある者はいないようだ。
…そのとき、背中に何か硬いものが押し付けられた。骨が擦れる。
あまりに静かだったためか、誰もこの状況に気付いた者はいないようだった。…当人を除いては。
こうして押し付けたままじっとしているいうことは、すぐに何かするということはないのだろう。私がゆっくり振り返ろうとすると、その硬いもの…おそらく銃口は、背中からするすると移動した。完全に振り返ると自然と銃口は心臓の位置に定まる。
いったい何処に隠し持っていたのか。私は名簿に視線を戻し、

「…結城尚人。銃を下ろしなさい」

告げた。結城は驚いたように目を見開いたまま動かない。私の声でようやく気付いた他の人間が慌てて駆け寄り彼を押さえ込もうとした。すると反逆者達もそれを妨害するかのように飛び掛かり、室内はまたしても荒れに荒れた。こうなると手がつけられない。隣室にいた手当中のKが心配そうな眼差しを投げかけてきたので、私は隣室に避難し、ドアを閉めてあるスイッチを押した。たちまち元居た部屋はガスで白く曇り、人が倒れる音とともに何も見えなくなった。
自動開閉装置を起動させ、ガスが薄まったのを確認してから部屋に戻ると、全ての人間が気絶している。私はとりあえず反逆者達を縛り上げ、結城尚人だけは別室に隔離することにした。加熱しやすい危険分子は一緒にしておくと周囲に良くない影響を及ぼす。今回のように。
結城尚人はしばらく覚醒しなかった。私は彼の持っていた銃器を眺め回しながら…至って普通の銃器である…彼が目覚めるのを待っていたが、時間は刻一刻と過ぎて行った。

「……」

彼は夢でも見ているのか難しい顔をして眠っている。当初の戦闘で傷を負ったのか、俄に発熱しているようでもあった。反逆者であるため看病してやる義理はないが。
私は調査書をぱらりと捲り、結城の欄を見た。結城尚人、二十二歳。家族は存命。…特記すべき事項はない。
……瞼が動く。ようやく意識が戻ったらしい。

「…結城尚人。聞こえますか」
「…、……せい…?」
「…結城?」

何やら様子がおかしいようだ。
結城は中途半端に起き上がってこちらを凝視したまま動かない。寝惚けているのだろうか。彼は突然私の腕を掴んだ。引っ張られる。

「せ、青なのか?」

人違いだ、と言って掴まれた腕を解こうとしたのだが、彼は放そうとしなかった。むしろ力を強めて両肩を掴んできた。彼の大きな瞳に私の姿が映り込む。
結城はじっとこちらを見つめたまま、先程よりは幾分か冷静な声色で言った。

「人違いなんかじゃないさ。お前こそ、幼馴染みの俺を忘れたのか?」
「…意識が戻ったのなら調査しなければならないことがありますので、こちらへどうぞ」

…反逆罪に問われる者の中には記憶の混乱やら空想と現実の区別がつかない者も稀にいる。また、担当の人間に取り入ろうと幼馴染みだとか昔の知り合いだとか言い出すパターンもないわけではない。今回もそのパターンなのだろうと私は踏んで、彼を無理矢理立たせて調査室へ連れていった。
国家反逆罪の人間の廃棄行きは決定しているが、何らかのミスで同様の遺伝子を持った人間が作られぬよう遺伝子を解析しておく必要があるのである。これも本来であれば解析担当の者がいるわけだが、今日はいつになく人手不足であるためこの男の調査も隔離した時点で私の役回りとなっている。
結城を椅子に座らせ、手首にバンドを巻き付けさせる。科学技術が発展した現在は遺伝子解析も随分簡単になった。機械が勝手に読み込んで判断し記録する。これも国民の気分を害さないための工夫とのことだが、それを反逆者にも適用するのだから私の立場としては何とも言い難いものがある。
部屋には鍵がかかっており、結城が逃げ出す恐れはまずない。ちなみに意識を失った彼をベッドに寝かせた際に衣服も最低限身につけさせてはおいたが、そのときに武器がないのは確認済みである。

「なあ青…」
「…」
「お前本当に覚えてないのか?まさかおふくろさんや親父さんのことも忘れたのか」
「…先程も言いましたように人違いです」
「エリートだか何だか知らないが、洗脳されたんじゃないのか…あのとき……」
「罪人であるという立場を弁えてください。あまり煩いようなら声帯を焼き潰すことになります」

睨むと結城は何か言いたげに黙り込んだ。思い込みもここまでくると重症であるし、演技であったら脱帽する。
…解析結果記録終了。後は結城を機関へと受け渡し処刑のときを待つだけとなる。今回は人数が多いから比較的時間がかかるかもしれない。

「それでは後は機関まで引き渡しとなります。くれぐれも暴れたり仲間だった人々を煽ったりしないよう…」
「…青」
「よろしくお願いします。では、」

付いて来て下さいと言おうとしたのだが、それは結城の突然過ぎる行動によって遮られた。
腕を掴まれて、有無を言わさぬ勢いで横にあった担架に引き倒されたのである。足下にあった椅子がバランスを崩し、大きな音を立てて床に転がる。結城が丸腰であるからと油断していた。ネクタイの結び目を引き解かれて、ワイシャツの第一ボタンを千切り取られる。何を考えているのか。

「結城…っ」
「昔っから青は取っ組み合いになると弱かったからなあ」

取っ組み合うも何も突然引き倒したではないか。
エリートになってまでそれってどうなんだろうな、と結城はどこか余裕のある声色で第二ボタンまで引き千切った。それから「お」と声を発して勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。

「ほら、首の付け根に黒子がある。これがお前だっていう証拠さ」
「……ッ」

そんな後付けはいくらでも出来る。脱がしてみてたまたま黒子があっただとか、偶然同じ位置に黒子があったとか、それだけの話ではないか。
今となっては名前もない人間だが、かつてあった本名も青などという名前ではなかった。…だから違う。
私は結城を突っぱねて身を起こし立ち上がった。担架に散らばったボタンを拾いポケットに押し込む。

「…ご案内します。大人しく付いて来てください」






機関に結城の身柄を預けたのち、私は部屋に戻ってワイシャツのボタンを縫い付けようと考えていた。
しかし帰り間際、Kとばったり遭遇した。

「お疲れさん…って、そのシャツどうしたんだ」
「一人が暴れただけです。ご心配には及びません」
「暴れたっつってもなあ、まるで変質者に襲われたお嬢さんみたいな格好だぜ」

Kは大袈裟な口振りで一人二役をやってみせた。事実そのようなものだ。
失礼します、と言って横を通り抜けようとすると、Kはのこのこ付いて来た。そういえばKと結城はどことなく性格が似ている気がする。有り得ない話ではあるが、結城が私の幼馴染みだとしたら私の周囲には似たような人間が集まりやすいということなのだろうか。
Kは負傷した肩をすりすりと撫でながら喋り続けている。

「結城だっけか?お前さんが連行してったのは。いきなり銃突きつけるなんてよくやるよなあ」
「玉砕覚悟で来たのでしょうから、そのくらいしてもおかしくはないでしょう」
「そうだけどよ…、と、そういやお前無線返したか?Yが無線機が足りなくて困ってたぜ」
「…ああ」

返していなかった。結城に気を取られてそれどころではなかったのだ。
私は今度こそ失礼して足早に機器担当者のところへ戻って、無線機を返品した。担当者は汗を拭いつつこう言った。

「ああH、実はさっき機関から連絡があって至急来て欲しいってさ」
「機関に?」
「うん。何だか罪人の一人がHに会わしてほしいと煩いんだとさ」

それこそ罪人なのだからさっさと処刑してしまえばいいだろうに。
私は担当者にお礼を言って機関へと足を運んだ。機関は施設以上に厳格な造りで罪人が逃げ出せないようになっている。
受付で名乗るとシステムのアナウンスに誘われて、ある一室の前まで移動した。どうやら結城の居る独房らしい。順番が来るまで彼らはこうして一人一人待機しているのである。部屋番号が十六、処刑は五番まで進んでいるようだからまだ時間はあるらしい。
しかし機関は何故私を呼んだのか。煩かったら催眠ガスでも拡散させて眠らせてしまえばいいだろうに。
システムは言う。
『コノ機関デハ、罪人ノ最後ノ自由ヲ保証シテイマス』…なるほど。機関特有のルールである。
私が入ろうとするとロックが解除されて独房のドアが開かれた。結城は私を見るなり嬉しそうに笑った。

「たまにはお国のルールも役に立つものだな。こうして青を連れて来てくれたんだ」
「…あなたは何と言って私を呼び出したんです」
「ああ…青じゃ通用しないかと思って、俺を調査した取締官に会いたいって言った」

ほら、青、こっち来てくれ。と、結城は手招きする。此処の機関のルールに従うなら、私も彼の意思を尊重しなくてはならない。仕方なく彼の隣に腰掛けると、彼は本当に嬉しげに微笑んだ。…何故処刑前だというのにそんな顔をして笑えるのだろう。

「いやそれにしても、青も大人になったよな。俺が大人になったんだから当たり前だけども」
「…」
「確か最後に会ったのが小等部の頃で…、そうだ十年以上経ってる。懐かしいわけだ」

それが仮に事実だとしても、よくもそれで私が青だと分かったものだ。人間の顔というものはそれほど変わらないものだろうか。特に近頃は整形している者が大半だというのに。おそらく、この結城という男は整形などしていないのだろう、と私は何となく思った。
結城は私がじっと彼を見ていたのが気になったのだろう。はにかむように微笑んだ。

「なに、思い出したか?」
「いえ全く」
「…どうしてなんだろうな。青…お前はどうして覚えていないんだろうな」

結城は少しだけ寂しげに笑って、私の髪を撫でた。不思議と嫌悪感はなかったが、胸の内に何か苦いものを感じた。私には私の過去があって、彼の言う青という人間でないと分かり切っているにも関わらず。むしろ自分自身が彼の求める人間でないと、分かっているからなのだろうか。

「…今の仕事は楽しいか?」
それは神崎実穂にも尋ねられた質問だった。
「楽しいだとかそういう理由で仕事をしているわけでは」
そして同じ言葉しか返せない。私は他に言葉を持たない。少女はそれで納得した。結城は。
「責めてるわけじゃない。そうでもなきゃお前とこうして会えなかっただろうし…システムが嫌いなだけでお前が嫌いなわけじゃないから」

彼は不思議なことを言う。
システムは所詮人が作りだしたもので、その頃人はただの人しかいなくて。快楽に溺れる人々は喜んでその統制と保護を受けたのに。システムをコントロールする必要があるから役職が作り出されて。その役職を作り出したのも結局人で。結城はシステムではなく人こそ嫌わなくてはならないだろうに。
国家反逆罪。曖昧な罪状。何よりも重い罪。
人が人を咎める。

「ただどうしても青に言っておきたいことがある」
「何ですか」
「青がやりたいと思うなら俺は何も言わないよ。けど…青にエリート連中の仕事は向いてない」

おそらく私は何故、と言ったのだと思う。
彼の話を信じるとしても彼が知っているのは小等部までの私であって、それ以降の私など何一つ知らない。それなのに、結城は私の今の仕事が向いていないと言うのだ。彼は慈愛に満ちあふれた眼で私を見ると…その眼は私を落ち着かない気持ちにさせる…奇麗に笑った。

「青は優しいから。多分色んなことを考えてしまう。エリートになるなら犯罪者に優しくしながらも心は鬼にしないとやってられないだろう」
「…そんなことは、」
「そんなことはない?確かに青が青じゃなければ俺はそんな心配はしないさ。だけれど、やっぱり俺はお前が青だと思うからさ」

何を根拠に彼はそんなことを言うのか。
身体の一部分の特徴が酷似していたから、顔に幼い頃に面影があったから、あってもそれぐらいだろう。それでも結城は私が青という人物だと断言する。そして断言されればされるほど、私の胸の内側に小さな染みのようなものが広がり出す。一般的に不安と呼ばれる代物。私自身何を不安に思っているのか理解出来ない。恐れ…私が私自身を信じられなくなるような、そんな、


「機関のシステムに聞いたんだけれど、俺は明日の朝処刑されるらしいんだ」


焦らすよなあ、と結城は笑って膝を抱えた。
染みが広がり、私は言葉を失くす。