第二十一夜.倒錯









この世界に取り残された人々の共通点は何なのだろう。
ただの偶然なのか、或いは何かしら基準があるのか。神と書き置きした人間を除いても、少なくとも父は自分達とは何ら共通点があるようには見受けられない。強いて言うなら同じ地域の住人であるということだが、大して意味があるとは思えない。そしてそれは、春弥達自身にも言えることではあるのだけれど、彼らはまだ直接的な顔見知りであるし、もっと具体的に言ってしまえば春弥を中心とした知り合いである。
この異質な世界で暮らし始めた頃、幹靖は和雄とともに近隣の家は大体見て回った。他に人がいないかと確かめるためにだ。当然幹靖は自分の家には行ったし、父の姿もなかった。さすがに何駅も先の地域は、電車が動いていないことや範囲が膨大過ぎて回り切れないことから調べはしなかったが、ネットで呼びかけはした。しかし当然のように反応はなく…人という人の存在は確認出来なかった。
したがって父は近隣以外の地域から遠路遥々やってきたか、…後からこの世界に落ちたかということになる。…探索の見落としは除く。しかしどちらにせよ、父の存在から言えるのは、他の地域にも自分達と同じようなコミュニティが出来ている可能性は高いということだ。ただし連絡不可の。そのこと自体はそれほど不思議ではない。通信環境に気付きさえしなければ。けれど腑に落ちない点もある。神の存在だ。神は春弥に接触を図ってきている…これは此処が唯一又は特別なコミュニティであるためなのか、或いは全てのコミュニティに接触していて、遠大な距離を往復しているのか。距離そのものは神なのだから些細な問題なのかもしれないが、仮にいくつかコミュニティが点在しているとして、その中でも此処しか接触していないとすれば、この世界を脱出するための鍵も此処に転がっている可能性が高い…ような気がする。断言出来ない辺りどうにも情けない。
第一、自分達が此処にいる理由すら明確に出来ないのだから、何を考えたところで机上の空論に過ぎないのだ。いくら春弥が中心に位置しているとしても、必ずしも彼がヒントになるとも言い切れない。偶然。そう全て偶然で片付けられたなら、どんな理論も意味等ないのだ。この奇天烈な世界では。
惚けた父の横顔。この世界で再会した彼は十歳は年老いたように見える。何故だろう。自分達は何も変わりないというのに。此処へ辿り着くまでに、父は想像も出来ないような苦労をしてきたのかもしれない。ただ何故此処へ辿り着けたのだろう。幹靖の家は此処から少し離れている。闇雲に歩き回ったにしては、運が良い…。
「理江…」
父は毎日一度は必ず母の名を呼ぶ。このときばかりはどうすることも出来ず、幹靖は黙ったまま傍にいるしかない。しばらくすると、彼は幹靖の名前を呼び出すので返事をして耳を傾ける。何度も繰り返し名前を呼ばれたり、他愛もない話をしたりすることもある。ただ、父を安心させるためには、間違っても批判的な声色等を使ってはならない。精神が弱ると肉体も弱る。幹靖は妹である美緒のことを度々思い出しながら、父の看病を続けた。忙しくしていないと、自分がぽてりと動かなくなりそうで不安だった。誰かに必要とされていると考えてさえいれば、充実感もあった。例えそれが偽りの混じったものであっても、何もないよりはずっと良かった。
盆を手に、食べ終えた食器を片付けようと立ち上がる。けれど制服の裾を引かれて、幹靖は中腰のまま動きを止めた。
「どうした?……まだ食べ足りないのか?」
量が少なかっただろうか。それでも昨日よりは増やしたのだけれど。裾を掴まれたままなので振り向こうにも振り向けず、中途半端な体勢のまま父の返事を待った。だが、なかなか言い出そうとしない。仕方なく幹靖は盆を床に置いて、裾を持つ手を一旦放させようとした。けれどその不安定な体勢のまま、肩を掴まれて、幹靖は仰向けに彼の膝の上に転がった。格好の良い転倒の仕方ではなかった。
「う、…悪い、大丈夫か?」
彼の膝に負担ではなかっただろうかと心配になる。元はと言えば掴んできた父が悪いのだが、病人とは時として無茶な行動をするものだ。今も急に幹靖に置いていかれると思って寂しくなったのかもしれない。起き上がろうとして、上から肩を押さえ込まれていたので幹靖は大人しく彼が落ち着くのを待った。
「幹靖」
「…うん?」
「お前は本当に理江に似ているな」
昔からよく母に似ているとは言われた。逆に美緒は父に似ていると。だが赤の他人から見れば家族なんて皆似て見えるものだろう。どちらに似ようと大した問題ではないと思っていた。…このときまでは。
肩を掴んでいた父の手が、ワイシャツのボタンの隙間からするりと中へ潜り込んできた。
「……ッ親、父…っ?」
喉が引き攣った。まさか。有り得ない。いくら意識が朦朧としているときがあるとはいえ、彼は今の今まで幹靖を自身の息子と認識していたはずだろう。それなのに彼の両手はボタンを外し、皮膚を撫で回し。敏感な先端に触れた。
「ん、…っ!」
春弥の手によって慣らされた其れは過敏で、些細な刺激でも反応した。つんと上向き、指先で転がされるだけでも身体の芯が熱くなってくる。
「ッ、っ…や、め…っ」
「理江もこうされるのが好きだった」
きゅうと摘まれるとそのたび思考が真っ白に飛びそうになる。けれど駄目だ、今回ばかりは。父は錯乱しているのだ。幹靖はそう自分に言い聞かせ、どうにかして上から押さえつけて来る彼の腕から懸命に逃れた。普段出さぬような力で押しのけたがために、手のひらが痺れている。その手でお盆を持ち上げ、頼りない足取りで部屋を出た。強引に与えられた快感と恐怖に膝ががくがくしている。
そして目の前には、春弥が立っていた。








雫の考えが理解出来ない。
アレを殺すな。何故?雫の負担を軽減させるためには例え微力であっても手助けは必要だろうと春弥は思った。だが事実、彼は和雄が喰われているときは吐き気と嫌悪のあまり何も出来なかったし、もしもあのように肥大化したアレがまた現れたとしても殺せるかどうか、自信はなかった。全身が嫌悪していた。躊躇しているくらいなら、いっそ何もするなと雫は言いたかったのだろう。せっかく櫻井に殺し方を教えてもらっても度胸がなければ元も子もない。春弥の美と醜の境界線ほど曖昧なものはなかった。アレは美しくないこともないが、醜の面も強烈で耐え難い。春弥は繊細なものが崩れていく過程を好んだ。
庭へと回り、多少それらしく繕った和雄の墓前を前にしゃがみこむ。雨に当たれば消えるのは承知の上で、線香をあげる。悲しみに取り憑かれているわけではなく、儀礼的なものだ。無論何も感じないわけではないけれど、涙に暮れるのはおそらく春弥の役回りではない。しかしその役回りを担っているはずの彼も死を前には感覚を閉ざそうとしているのだから、和雄も報われないことだろう。…とはいえ死んだ者は何も感じない、生きている者が思い煩うのは勝手にそうしたがっているだけの話だ。良識、善意、道徳。罪悪感。そして見栄。春弥のそれは主に道徳と偏愛から成り立つ。
偏愛、対極の位置に至上の愛。
神は慈愛に満ちた目で春弥を見ていたが、その奥にあったものも果たして同じものだっただろうか。つまらなく整った…そう春弥にしては珍しく、つまらない美だと思った…姿の裏に秘められたものは、その容姿のように慈しみに溢れた魂だったのだろうか。春弥には信じ難かった。あの神は何らかの目的を持って春弥や雫に接触してきている。労りや慈悲ではない、彼自身の目的があったからこそ、近付いてきたのだ。そもそも月という言い回しが暗喩なのだから、神という呼称も一種の暗喩に過ぎないのかもしれない。だがいったい何の?この世界の構築主としてだろうか。神は何も言おうとしなかった。櫻井も。あの神と雑草は黙っていることが多過ぎる。彼らが口を割りさえすれば、少しくらいは展望が見出せるかもしれないというのに。
春弥は軽食を胃に流し込みつつ、二階への階段を上った。雫はアレに好かれていないため、それほど警戒する必要はない。だが幹靖はその辺はどう考えても普通の一般人であるし、いざという時のためには部屋の前で待機している必要があった。…同じ一般人である春弥がどの程度の力になれるのかは別としても、いないよりは良いはずだった。
だが本当のところはそれは建前で、やはり春弥は彼が付きっきりで看病しているのが面白くなかったのである。彼があの手の弱者を放っておけない人柄であるのは理解しているのだけれど、やはり苛々する。自分でも良くない状態なのは分かっている。和雄のこともあって、春弥も幹靖に対する接し方を多少考えようと思ったのだ。どんなに和雄の暴走が短絡的な思考によるものであっても、その暴走の引き金の一因となったことは否定出来ないのだから。
それなのに、どうしてこうも彼という人間は、人の神経を逆撫でるようなことをしてくれるのか。
「…鷲宮」
左手には空の食器を乗せたお盆。それは一向にかまわないし、至って普通だ。
しかし、そのはだけたワイシャツや紅潮した頬はどう説明する気なのだろう。誤摩化せるとでも思っているのだろうか。明らかに幹靖はまずいという顔をしている。春弥は自分の思考が綺麗に蒸発していくのを感じた。今までには感じたことのない怒りもあった。
「ちょっとこっちに来てもらおうか」
平静を気取りながらも、地を這いかけている声色。幹靖は一歩下がり、逃げようとしている。
「…今から食器を片付けに行かないといけないから、用があるなら後で…」
「良いから来いと言ってるだろ」
「違うんだ、鷲宮、これは誤解で」
彼は弁明しようとしているようだが、はっきり言って逆効果だ。誤解と言えば言うほど、事の確証は深められていく。
春弥は彼の手首を握りしめると、彼の父親が寝ている隣の部屋…つまりは元寝室であり、和雄の死をきっかけに寝床は移動した…へと彼を引っ張り込んだ。何をしていたのかは知らないが…膝に力が上手く入らないのだろう。彼の抵抗は極めて押さえ込みやすいものだった。
「ま…待ってくれ、鷲宮、少し冷静になってくれっ」
「俺は十分に落ち着いてる」
落ち着いて彼の手首に電気のコードを巻き付けている。しかし彼は相変わらず諦めが悪く、膝は別としても両手首を括るのには骨が折れた。実の父親には触らせたくせに、春弥相手では嫌なわけか。幹靖は頭上で固定された腕を解こうとしながら、
「和雄が死んだのに、こんなこと出来るわけないじゃないか…っ」
と、春弥の良心に訴えかける手段に出た。実際、幹靖の中では、自分が春弥にかまけていたばかりに和雄を殺したという気持ちがあるのだろう。拒絶したくなるのも無理もない。が、結局は彼が悪いのだ。
「俺だってやめようとは思ってたさ。だけどやめた」
ゆっくりとワイシャツの残りのボタンを外し、…父親に触れられたのだろうか、既にぷくりと張り詰めた突起に視線を向ける。その途端、彼の腕に絡めたコードがぎしぎしと軋むのが聞こえて、春弥は自分が更に苛立つのを感じた。彼はそれほどまでに春弥に触れられたくないわけだ。…そう思った瞬間、春弥の中を凶暴な感情が駆け抜けた。
膨らんだ両方の突起に優しく指先を這わせ、丁寧にこねくり回す。びくんと彼は身体を震わせ、初めのうちこそ堪えていても、間もなく瞳が潤んでくる。押し殺していた呻きも官能の高まりによって徐々に漏れ始め、春弥の耳を刺激するようになる。
「ん、ぅっう…、ふぅ…っ」
「お前の父親に聞こえても良いのか?」
非難するような眼で見上げられても、春弥はやめるつもりはなかった。それどころか、今日は普通に終わらせてやるつもりもなかった。ここ数日放っておいただけで忘れているようだが、彼の身体の主導権は春弥にあるのだ。それを思い出させてやる必要があった。
「っ頼むから、っ、も、う、本当に、したくないんだって…っ」
「したくないなら感じなければ良いだけの話だろ」
春弥は唇に笑みを浮かべて立ち上がり、幹靖から離れた。息を切らす幹靖の眼に僅かな期待の色を見て取るが、生憎彼の「この状況から逃れたい」という期待に答えるつもりはなかった。部屋のドアへと歩み寄り、掛け忘れていた鍵を回す。この音はしっかりと幹靖にも聞こえたはずだ。
「鷲、宮…」
こちらを見上げている彼の眼には、恐怖の色さえ浮かんでいる。別に痛いことはしないと彼も分かっているだろうに、彼にとっては過ぎる快楽も恐怖に等しいものだということなのだろうか。春弥は手首の自由を奪われて動けない幹靖を見下ろすと、彼の両足首を掴み上げた。
「鷲宮、何する…」
「昔の遊びを懐かしみたくなった」
小学生の頃だとかによく友人に仕掛けていたことだ。ただあのときは相手に痛みを与えるのが目的ではあったわけだが。
春弥は彼の両足首を握りしめたまま、彼の股間に右足をあてがった。急所は避けて性器の先端の辺りに乗せてやるのだから随分優しいものだと思う。
「お前が性的なことはしたくないって言うんだから仕方ないよな。俺も普通に遊んでやるさ」
俗に言う電気あんまである。春弥はぐい、と足の裏を彼の股間に押し付けるように擦り揺らした。微かに湿った感触に、内心ほくそ笑む。スラックス越しに性器を踏みつけ、先端を揉み擦る。
「っこ…、こんなの…普通の遊びじゃ…」
「どうしたんだ?お前も子供の頃にこれくらいやっただろ?」
幹靖の頬は赤い。足の裏で勃ち上がりかけている性器に気付かないふりをしながら、春弥は揺さぶりを強くした。ぶるぶると小刻みに性器を嬲る。
「…っあっ、っだ、駄目だって…っ」
「ああ、もっと強めにやらなきゃいけないんだっけか」
「ちがっ、違う…、ッひ…っん、ッあぁ…っ」
ぐりぐりと強めに股間を擦り付ける。先走りの汁が漏れたのか、靴下越しにぐちゅぐちゅとしたものが足裏から伝わってくる。全く、相変わらず我慢の利かない身体だ。春弥は幹靖の股間を踏み擦りながら、唇を弧に歪めた。
「どうした、そんなセックスしている時みたいな声出して、隣に誤解されるんじゃないのか」
「っう、っぁ、んあ…ッ、…っあ、足、っ退け、っ…っ」
「そんなんじゃ遊びにならないだろ。あ、そうか、くすぐったいのか」
わざとらしくすっとぼけるも、股間への刺激は継続させる。これで急所に当てないようにするにはなかなか大変だ、と考えながら、時折膝裏を突っ張らせる彼の足首を押さえ込む。限界まで張り詰めている性器が彼のスラックスを圧迫しているのが、踏んだ感触で伝わってくる。しかしファスナーを下ろしてやるのも面倒だ。そのまま達してもらおう。ぎゅうっと春弥は其れを擦る速度を更に速めた。
「あっ…っぅあ…っ…待っ」
快楽で潤んだ瞳はもっとしてくれと言わんばかりだが、口から吐き出す言葉は相も変わらず制止の言葉だ。それが春弥の苛立ちと劣情に油を注ぐとも知らず。
「ッく、あ、ぅん…っも、っあ…っ」
「イきたいのか?」
聞けば頷くので、思い切り踏んでやった。
「ッん、…っ、…ッん、くぅ、んんん…っっ」
春弥に踏まれたまま、彼はびくびくと身悶えて股間をぐちゅりと濡らした。熱に遊ばれた扇情的な横顔。やはり彼は虐げられる様がよく似合っている。
春弥はあてがった足を退け、
「次は何で遊びたい?」
と、肩で息をしている彼に問い掛けた。幹靖は顔を背ける。
「…遊び、たくない」
…まだ意地を張る余裕があるらしい。彼の中心は涎を垂れ流して悦んでいたというのに、なかなかどうして理性の方は頑固なものだ。やはり隣室に居る彼の父の存在と、この部屋で亡くなった和雄の記憶が強烈なのだろう。…和雄、そうか、そういえば和雄も随分と悪趣味なことをしていたではないか。ちら、と出入り口の傍に立てかけてある、一本の杖。…失明していた雫が使用していたものだろうか。…拭き取ったのだろうか、汚れもなく綺麗なものだ。
春弥は沈黙し、上着を脱いだ。拘束を解くのを諦め、ぐったりとしていた幹靖の眼に乱雑に巻き付ける。
「っ!っ、鷲宮…?」
腕に引き続き、視界まで奪われて動揺する彼のスラックスのホックを外し、引き下ろす。程よく締まった太股。強引に足を押し開けば、濡れそぼった性器、そして秘部が露になり、その生々しさに春弥の喉が鳴る。何度も自分を受け入れた肢体が、器官が目の前にあるのだから無理もなかった。しかしここは我慢のしどころである。春弥は彼の膝と膝との間に身体を割り込ませながら、密やかに先程手に取っておいた杖にたっぷりとローションを塗り広げた。
皮膚の感覚で己がどういった姿を晒しているのかが分かったのだろう。幹靖の頬が熱を持ったように赤く染まる。けれど足を閉じようにも春弥がいてままならない。
「…っ今度は何の真似なんだ…」
「真似だなんて随分人聞きが悪いな。ドロケイだよ。お前が泥棒で俺が警察。捕まえられた泥棒は素直に取り調べを受けると」
口先で適当に喋りながら、春弥は杖にローションを塗り終えた。先端までから手で持つ部分まで、たっぷりと潤わせてある。捏ち上げた設定に杖の存在を捩じ込むとすれば、差し詰め泥棒の自白剤とでも言ったところか。
「お前にはこれから声が嗄れるほど鳴いて…いや、話してもらうわけだ」
元はと言えば春弥に触れられるのを嫌がったのは彼なのだ。父親には触れられ、和雄にはこんなものを突っ込まれておいて。だからこそ、文句は言わせない。
春弥は黙って彼の秘部を指先で押し広げると、杖の先端を突き当てた。せいぜい初めに挿れられるのは指の一、二本だと思っているであろう彼には生憎だが、手加減をしてやるつもりは毛頭なかった。ぬぷ、と杖の三分の一程度…それでも性器の長さには相当する…と突き込む。想像もしていなかった異物を挿入されたためか、彼の身体は過剰に震えた。
「鷲宮、何…っ」
答えず、舌で唇を湿らせる。春弥は、決して細くはない杖で彼の内壁を擦った。散々春弥に責め立てられ、性器の味をすっかり覚えてしまった其の中を。
「っひ…ッ、…ぁ、っあ…!嫌だ、や、っ鷲、宮…ッ」
何か分からぬ異物を咥えこまされて、拒絶の言葉を吐き出しながらも、幹靖の性器は再びそそり立っている。被虐的な行為を強要されて、少なくとも身体は興奮しているのだろう。…和雄のときも、そうだったのだろうか。杖を慣らしもせずに捩じ込まれて、腰を振っていたのだろうか。
「なあ、幹靖どうなんだ?」
杖を更に奥へと押し込んでいく。もう半分ほど埋まった。異物を押し返そうとする力はあるが、塗りたくったローションのおかげで挿入は比較的スムーズだ。…それともスムーズなのは、一度和雄に同じ杖を挿れられたからだろうか。春弥の胸のうちに焼け付くような不快感が湧き上がる。
「あ、っひ、ぅう…う…っ」
「お前、尻に突っ込んでくれるなら誰でも良いのか?…実の父親にも、悦んで尻穴ひくつかせてみせるんだろ?」
「違っ、ッう、あ、っ…ぁあっ…違、う…、…っ」
「どうだか」
出し挿れを繰り返す杖にはローションだけでなく、腸液もいやらしく纏わりついている。これを他の連中が見たかと思うだけでも、春弥の中心はより凶暴な熱を擡げる。しかしまだこちらの遊びが終わっていない。春弥は杖を一旦引き抜き、ローションを塗り直した。凶器じみた長さだからこそ尚更痛くないように、よがらせなければならない。その間、彼の秘部は物足りなげに杖の挿入を待ちわびているように見える。目隠ししている彼には春弥が何をしているかは分からない。
「鷲、宮…?」
無意識なのかどうか、声にも名残惜しげな響きがある。それと、このまま放置されるのではないかという不安も。
「ちょっと休憩だ。喉が渇いた」
ならばその不安に応えてやるまでで、春弥はさらりと彼を突き放し、部屋を出た。外側から鍵は閉められないため、当然入ろうと思えば誰でも入れる。
春弥は階段を下り、一階のトイレへと入った。下半身が痛い程反応している。一度抜かねばきつい。…春弥は簡単に処理を済ませ、コップ一杯の水を飲んでから、悠々と二階の部屋へと戻った。時間にして十五分程度だ。

「悪い、待ったか」
心にもない謝罪を口にし、春弥は先程までの定位置へと戻った。…待ちわび過ぎて熱く脈打っている其れに、思わず笑みを零す。少しでも触れたら噴き出しそうだ。
「鷲宮…っ」
声色も随分と切羽詰まっている。十五分待ったんだ、もう一分待つのも同じだろう、と春弥は少し時間を経て落ちてしまったローションを丹念に重ね塗りし、それから杖を半分まで突き挿した。
「っひ、あぁ…ッ!ああっ…」
彼は歓喜の声を上げ、勢いよく精液を噴き上げた。ぐりぐりと擦り立てれば、激しく腰をびくつかせる。
「んんっ、や、ぁ、ぁあ…!」
杖を出し挿れさせながら、春弥は彼の目隠しを取ってやった。何が何だか分からぬまま空想の快楽を貪るのも結構だが、やはり現実も相手にしてもらわねば面白くない。案の定、彼は自身が大きく股を開き、杖を奥へ奥へと咥え込もうとしている現状を見て、改めて顔を火照らせた。きゅうっと杖への締め付けが強まる。そして多少我に返ったか、何か言おうとしたため、春弥は限界まで杖を一気に突き挿した。
「…っ…………!…!」
いささか衝撃が強過ぎたか、幹靖は背を仰け反らせ、がくがくと腰を震わせた。息も絶え絶えに、飛びそうな意識を保とうと必死になっているようだ。ぎゅうっと閉じられた瞼からは、ぼろぼろと涙が零れ落ちる。生理的な涙か、それとも和雄を思い出してか。
…春弥は杖を握りしめ、ごりごりと彼のお腹の内側を擦り立てた。途端に響き渡る悲鳴のような嬌声。
「ッや、あぁ…っ、っああ、っあ…ぁあ…っ」
飽きもせずそそり立った性器が、あっという間に白濁した液を噴く。飛び散った精液は、彼の薄らと上気した上半身を淫らな白で染めた。
春弥はよくも何度も出せるものだと感心しながら、知らず知らずのうちに荒くなっている息を押さえた。彼の甘く狂ったような声を聞くだけで、下半身が熱く蒸れてくる。突っ込まれているのは幹靖のはずなのに、思考が赤く染まって、興奮のあまりどうにかなってしまいそうだ。
春弥は杖先を激しく突き震わせながら、込み上げて来る衝動のままに彼の中を掻き回した。痙攣する細腰。
「っあ、ひ、ひぅ…う…っ!やっ、っ、そこ、駄、目…っあ、ぁっ…!」
「其処って?」
手探りで彼の腹部を撫で回すと、薄い皮膚越しに彼の中が熱く打ち震えるのが分かる。そして収まることのない性器。硬い棒に柔らかな内壁を奥深くまで蹂躙され、彼は悦んでいる。再び達しそうになっている。もう四度目だったか。
「っく、あぅうん…っあ、あっ…あ…!っや、…もう、出ないって…っ」
「なに言ってるんだ、出るだろ?…幹靖」
「あ…ッ、あ……っ」
杖に一捩り加えると、彼は泣きながら射精した。杖を引き抜けば、すっかり温くなったローションが手にへばりつく。忙しく上下する胸。ぎちりと彼の手首を縛るコードが鳴った。さすがにもう逃げないだろう、と春弥がそれを解いてやると、手首は赤紫色に鬱血していた。
幹靖は座り込み、制服の袖で乱暴に涙の痕を拭った。殺し切れていない息を出来るだけ静かに吐きながら、やや掠れた声色で呟く。
「…なんで、こんなことしたんだ」
赤く染まった目尻。春弥はこの目の前の青年に、無性に口付けたくなった。