第二十夜.公園








髪をさらさらと撫でられる、気持ちの良いような、くすぐったいような慣れない感覚。
幹靖はふと我に返り、突っ伏していた頭を起こした。大きな手。…見知った父の顔。現状を理解して、彼はさっと顔を赤らめた。この歳にもなって親に頭を撫でられるなど、恥ずかしいにも程がある。慌てて後退し、みっともなく尻餅をついた。…少し落ち着かなければ。
乱れた髪を直しながら、幹靖は立ち上がった。
「親父、大丈夫か?何処か痛むところは」
「…幹靖、なのか?」
「そうだよ。…そうだ、おふくろは?一緒じゃなかったのか?」
春弥が拾って来たのは父一人だけだが、二人で一緒に何処かの家に潜んでいた可能性はある。
しかし父は表情を曇らせ、「否…」と言葉を濁した。幹靖はそんな父の顔を見ると酷く申し訳ないような気持ちになり、おそらく父は会社に行っていて、母と再会することもままならなかったのだろう、と考えることにした。
「けど、無事で良かった。…あ、一応怪我らしい怪我はなかったみたいだけど、痛いところがあれば言ってくれ」
父は小さく首を振る。なら良いんだ、と言って幹靖は俯いた。…会話が続かない。…美緒が死んで以来、父とは滅多に話すこともなくなっていたため、何を話せばいいのか分からない。そもそも父はこの世界についてどの程度の認識を持っているのだろう。アレとは既に遭遇したことがあるのだろうか。
「親父、あの」
「ちょっとこっちへ来てくれ」
「あ、ああ」
遠慮気味に近付き、起こして欲しいのかと気がついて手を差し出す。父の目は虚ろで幹靖の姿が見えているのかどうか。いまいち会話のテンポが噛み合わないのは彼の視力が弱まっている所為もあるのかもしれない。
「…目の調子が悪いのか?」
「うん?…」
「…そうか、いや…良いんだ。不都合があれば何でも言ってくれていいから」
…おそらく父は幹靖の表情を窺うことも出来ないのだろう。聴力ももしかしたら少し低下しているのかもしれないが、先程母のことを尋ねた際には否定していたため、内容を聞き取れないほどではなさそうだ。幹靖はそう思いながらも、内心陰鬱な気分になっていた。和雄のこともあったが、こうして再会出来た父の弱り切っている姿は、幹靖にとって少なからず衝撃であった。これならいっそ、別の世界で安穏と過ごしているであろう父や母を想像していた方が良かったのかもしれない、と考えてしまうくらいには。無論そんなことを顔に出しては父もショックを受けるだろう。幹靖は横に座り込んだまま、父の凡庸とした横顔を眺めていた。
不意に、父の手が幹靖の方へと伸びて来て、宙を切る。
「どうしたんだ?何か欲しいのか?」
ぼそぼそとしている父の声を少しでも聞き取ろうと、幹靖は身を寄せた。すると父の指先が辿々しく彼の頬をなぞり……まるで傍にいる青年が自分の息子であることを確認したがっているようだった……幹靖は眼を伏せた。目の前の現実に、精神が摩耗していくのを感じる。
「幹靖」
「…うん」
「幹靖」
父は壊れたラジカセのように彼の名前を口にする。それからぽつりと「理江」…母の名だ。父は母が恋しいのだろうか。美緒のことを傷物だと言ったその口で、母の名を愛おしげに呼ぶのか。父にも母にも、悪気はなかったと分かってはいる。親子だからこそ、こうした状況で助け合わねばならないということも、分かってはいる。けれど心の奥底には、幼稚で割り切れぬ感情が潜んでいる。
「…水持って来るよ。お腹は減ってる?」
「ああ」
「分かった、じゃあ食べやすそうなものも作って来るよ」
立ち上がり、父の手からするりと逃れる。名残惜しげな彼の指先に僅かな罪悪感に苛まれるも、素直に父に従い切れない気持ちがあるのも事実だった。数年振りの交流という純粋な気恥ずかしさと衰弱した父への悲しさ、そしてどう足掻いたところで見え隠れする、美緒を追い詰めたという恨みに似た感情。美緒の件に限って言えば、自分も彼と同罪だ。そのため、幹靖は父だけではなく、自分自身に対しても憤りを感じずにはいられなかった。
だから和雄も死んだのだ。美緒のときと同様、幹靖がもっと彼の深い心理まで、気がついてやれなかったがために。
「幹靖」
部屋を出るなり、春弥が声を掛けてきた。彼は和雄が死んでからずっと幹靖を心配そうに見ている。彼は優しい人間だな、と幹靖は思う。嫌いだった人間にもこうして気遣うことが出来るようになるのだから。
ただ依然として、幹靖は春弥の対応に戸惑うことがある。世界が変調を来してから、学校生活からだけでは窺えない春弥の一面を覗き見ることが多くなったのだが、彼は優しく常識人的な立ち振る舞いをしたかと思えば、突如攻撃的な面を剥き出しにする。波が激し過ぎて、幹靖としては戸惑うほかないのだ。基本的には話せば通じるし、最も同年代的な会話をしやすい相手ではあるのだけれど。
「…親父さん、どうだった?」今は普通らしい。
「目や耳が少し不自由になっているらしいけど、大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか自分自身分からない。けれど「大丈夫」という言葉の万能性故か、春弥はあっさり「そうか」と頷いた。…しかし何が言いたげだ。幹靖は故意的に態度を緩めた。
「どうかしたの、鷲宮くん?」
「ええと」
「?」
ぎこちない。気を遣われているのだろうか。…慰めの言葉なら、必要ないのだけれど。否、正確には言って欲しくない…和雄のことを、思い出したくない。
「ちょっと目を閉じてて欲しいんだ」
「…なんで」
「良いから」
春弥は言い出したらまず聞かない。彼の要求に思わず緊張しかけ、次の瞬間には邪推した自分が恥ずかしくなった。意識し過ぎかもしれない。
余計な考えを捨て目を閉じる。数秒の間。肩に彼の手が触れて、身体を包み込まれたのが分かった。重なった体温が温かい。
「…鷲、宮」
いつもとは違う優しい触れ方で、彼の思いやりが伝わってくる。…嬉しいけれど、触れ合った温もりに和雄を思い出して胸が苦しくなる。…気恥ずかしい。だけれど嬉しい。苦しい。どの感情が自分でも最も大きいのか分からない。
…春弥も似たような気持ちなのか、耳が赤い。いつもは平気でこれ以上のことをしてくるくせに、何だかおかしくなって幹靖は頬を緩ませた。彼の背中にそっと腕を回す。背丈が同じくらいであるため、どうにも和雄と比べて抱き難いのだけれど。…こうしていると、不思議と心が落ち着いた。
どれくらいそうしていたのか。ゆっくりと身体を離し、彼は春弥に微笑みかけた。
「…鷲宮、有難う」
「…ああ、…どういたしまして」
彼のあまりにぎこちない返答に、堪え切れずに小さく笑う。










自分は彼に抱きしめて欲しかったのだろうか。
ふと脳裏を過ぎ去った思考に、櫻井ははっと目を見開いた。彼?彼とは誰のことだろう。…忘れた、よくあることだ。
昼も夜もない世界の空を見上げて、色のない息を吐き出す。時間の概念が一部捩れた、幻影を映し出す世界。見えているものが全て本物とは限らない。櫻井は煙草型のチョコレートを口の端に持て余しながら、足許に忍び入る一筋の感覚をなぞった。神の干渉。そう、神はいつでも勝手なのだ。

地を蹴る。

「駄目だろう、彼は僕のだよ」
驚いている制服の青年…櫻井からしてみれば少年の域だが…の首に腕を回しつつ、真顔の神に微笑みかける。いつでもそうなのだ、彼が櫻井に対し優しく微笑みかけるということは、まずない。けれど会話そのものは普通にしてくれるので、これまでは程々に仲良くやってきたつもりだったのだが。どうやらそれは櫻井の見込み違いだったらしく、以前会話して彼の言葉を聞かされた際には、ささやかながら愕然としたりもした。なんということだろう。
「櫻井…」と、学ラン青年こと鷲宮春弥氏。
動揺しているであろう彼には申し訳なかったが、櫻井は直接神へと言葉を投げかけた。
「君には月の子がいるじゃないか、この子にまでちょっかいだそうだなんて狡いよ」
神は沈黙する。とうとう会話まで拒絶する気だろうか。いつの間にやら随分嫌われたものだと櫻井は唇を緩めた。先日ショックを受けた自分が馬鹿らしくなる程に、心が浮き立つ。嫌い。そうか、そうだ。彼は自分は嫌いなのだ。なんて愉快なことだろう!これは悲しむべきではなく、楽しむべき事柄なのだ。驚きに富んだ日々は素晴らしい。

人気もなく寂れた公園でブランコを揺らす。
この空間に人がいないのは当たり前のことで、寂しいだとかいう感情は芽生えることはないのだが、なんとなく面白くないと感じる。誰かと一緒に居る方が余程楽しい。けれど然う然う春弥のところへ出向いても彼は迷惑だろうし、他の青少年達には櫻井の姿は見えないようだ。本当なら神がちょっかいを出している月の子にかまうことが出来たら、もう少し面白いのだが。
…ああ、この世界は十分奇天烈で楽しいのだが、何か物足りない。
「神邊が前より遊んでくれないしなあ」
少し前は本当にちょこちょこ話してくれていて、退屈を感じることなどなかった。それが今では年若い子に声を掛けたり嫌になってしまう。話相手が欲しければ自分が相手をしてやるのに。
「嫌いだとか言ってくれるし、傷つくなあ、もう」
本当は口で言う程傷ついてはいない。ただほんの少し、浮いた心の裏側がこそばゆくなるような不愉快さがある。それもすぐに膜が掛かって分からなくなる程度の。別に悩むことなど何もないのだと瞬く間に思考が全てを受け流す。そう、深く考えることなど何もない。嫌い?好き?そんなもの裏表の違いしかないではないか。どちらも一種の強い感情。
「其処に居るんだろう?神邊、遊ぼうよ」
誰もいない公園の出入り口へと声を掛ける。すると木の影から一つの影が分離して、ひょっこり神が現れた。この神の字を授かった青年も、大抵暇を持て余しているに違いなかった。この世界ではそれほどやるべきことなどないのだから。
「ただ君にとっては、やることがないわけでもないのかな」
「分かっているのなら、余計な口出しはしてほしくないな。僕はお前と戯れるためにこの世界にいるわけじゃないのだから」
「つれないなあ…ちょっとくらい遊んでくれても減るもんじゃなかろうに」
そう言って口を尖らせると、神は本当に嫌そうな顔をする。櫻井は内心舌打ちしたい気分になり、嫌がらせのつもりで神の手を握った。
神なら平等に愛を与えるべきだろう、例え相手がどれほど忌々しい存在であったとしても。神のくせに好き嫌いが許されるとでも思っているのか。
「神邊君はいつから僕を嫌いだと思うようになったのかな」
「この世界でお前と逢ってからというべきか」
「それは酷い。そうか、出会った当初から僕の片思いだったわけか」
片恋とは…これはこれは、自分が可哀想過ぎて涙が出て来そうだ。そうか君は僕のことがそんな前から嫌いだったのか。気がつかなかったよ。大袈裟に悲しんで涙する。神はしらけた目でこちらを眺めている。嘘でもこういうときは慰めの言葉を吐くものだろうこの外道神。
「でも君は変な奴だね、僕のことが嫌いならさっさとこの手も振り払えばいいのに」
何を好き好んで嫌いな人間に黙って手を握られているのだろう。あれか、神のご慈悲か。何だか涙が出て来た。本当に出て来た。彼と居ると調子が狂う。感情がさらさらと溶け落ちる前に、新たな感情が積もりに積もって処理し切れなくなる。なんだこれは。嫌われていても特別なことには変わりないのに。
「お前は何を泣いてるんだ?」
あくまでも冷徹な神の眼差し。身体の芯まで凍てつくような錯覚にとらわれるような冷たさで、出て来た涙も思わず引っ込む。陳腐な現状…前まで仲の良かった子が突然実は嫌いだったと言ってきて突き放された。嫌いならどうして仲良くしていたんだと不思議に思うだろうが、それが分からない程思考が停止してしまっていたわけでもなかった。この世界はもう櫻井と彼だけの空間ではない。彼はこの世界でもう櫻井にかまう必要がなくなったのだ。
「あ、んまりだ」
喉がつっかえて声がスムーズに出ない。大袈裟に振る舞っていただけのはずだったのに、いつのまにか本物の感情。
「何がだ」
「この無節操野郎」
言いたいことを簡潔に言うとそうなる。だがさすがに言葉の選び方が悪かったのか、神の顳かみがぴくりと引き攣った。彼はこの手の不真面目な用語を非常に嫌うのだ。やってしまった。というよりも、結局のところ彼が櫻井を嫌いなのは不真面目そのものだからなのかもしれない。性格全否定とは、なんて報われないのだろう。きっとこの性格を直さない限り、神は櫻井を受け入れてはくれないのだ。
しばしの沈黙があって、ようやく喉の突っ掛かりが消えた。咳払いをして微調整する。それでもまだ少し嗄れていて、普段のような朗々とした声は出そうにない。
「神邊はそんなに僕のこと嫌いなんだ?」
「…櫻、」
「僕は君のことは良い友達だと思っていたんだけどね」
櫻井自身、随分と沈んだ声だと思ったし、何だか自分でない別の誰かが話しているようだと思った。目の前の現実が薄皮一枚隔てた向こう側にあるような。神に両肩を揺さぶられて、急速に戻る現実。揺さぶられて目が回りかける。
抗議すれば神は心無ししゅんとした面持ちで俯いた。
「…いや、なんでもない」
「何だよ君って奴は…言いたいことがあるならはっきり言えば良いのに」
「何でもないと言っているだろう」
神は冷たく言い捨てて、何故か急ぐように公園を走り出ていった。…、ああ…つまらない。
櫻井は乾いた涙の痕を拭うと、自分でも何故あれほど取り乱したのか思い出せないままに、颯爽と立ち上がった。鼻唄さえ歌い出しそうな軽快なステップで歩き出す。









神が雫にちょっかいを出しているらしい。
春弥自身、神とはまだ一度しか顔を会わせたことがない。春弥が精神的に混乱しかけたあの雨の日のことだ。どうにも抽象的なことを言う男だったと認識している。雫が月であるという摩訶不思議な発言をしたのも神であるし、神は雫に何か特別な関心があるのかもしれない。月。…具体的にそれが何を示しているのかも、春弥はまだ知らない。アレと関係があるかもしれないと想像してはいるものの、実際は全く別の条件があるのかもしれない。まさに神のみぞ知ると言ったところか。…だがもしかすると、櫻井が知っている可能性もある。櫻井も雫のことを「月の子」と言ったのだから。それともあれは神を揶揄する意味で言ったのだろうか。…断定的な要素が欠けている。
春弥はドアに寄りかかったまま、途切れた思考の行き先を持て余した。ふと部屋の中の声が聞こえて来て、うんざりする。ここ最近、幹靖は父親の世話にかかりきりだ。最近…とは言っても一日二日程度しか経っていないのだけれど。自分の親が衰弱しているのだから看病するのは当然のことだが、何故か面白くない。和雄を失ってからというものの、彼は入れ替わりのように現れた父親に献身的に尽くしている。まるでぽっかりと空いた心の穴を埋め合わせるように。しかし春弥としては、そんなに人の世話をするのが楽しいか、と嫌味の一つも吐きたくなる。おそらく健全なる人生相談にでも投書したならば、手伝ってお互いの絆を深めましょうとの解答がなされることだろうが、春弥は雫の言葉が引っかかってもいた。
―――腐り切ったもの。
明らかに生きている人間に対して使用する言葉ではない。雫にしてみれば、春弥も精神的には相当腐った人間らしいが、それとこれとは話が違う。雫はあの男性とは言葉を交わしたこともなかったはずだ。ということは、彼の眼が何か男性に異質なものを見出したことになる。……だが、はっきり言ってくれなければ分かるものも分からない。言葉で説明出来ないものなのか?それほど危ないものならば、何故雫は何が何でも阻止しようとしなかったのだろうか。彼は何を考えている?元々分かり難かった彼の考えが、ここ最近にきて余計分からなくなっている。そこに神の入れ知恵があるのならば尚更だ。想像の範疇を超えている。
春弥は部屋のドアから一旦離れると、階段を下りて居間へと向かった。涼しい顔をして紅茶の風味を味わっている雫に声を掛ける。
「岩崎、最近神と逢ってるというのは本当なのか」
「ああ」
「神はお前に何を」
吹き込もうとしているのか。そう言葉にしてしまえば、春弥相手には気の短い雫が逆上することは目に見えていた。雫は彼自身に関して卑しい言い回しをされることを異常に嫌う。
雫はちらりと春弥を横目で見て、紅茶を一口飲んだ。
「お前の気にすることじゃない」
「…お前自身のことについては」
「もう聞いた」
春弥達が逡巡して告げる前に、神から直接彼が月であるということは聞かされてしまったらしい。
「神はなんて」
「"この世界"における月とは1.変態した亜空間及び生物を隠蔽し得る人材の暗喩である」
「…」
春弥は聞き返す言葉を失いながらも、やはり…と思う気持ちがないわけでもなかった。けれど。
「…お前はそれで大丈夫…なのか?隠蔽って、何か負担が…」
全く反動がないものなどこの世に有り得るか。
「平気でなかったらどうする、お前は自分ならどうにか出来るとでも言うつもりか」
「岩崎…!」
どうして雫はいつも…本当にいつも、こう突っ掛かるような言い方ばかりするのだろう。春弥相手だからこそだと分かってはいるが、もっと自然体に接することは出来ないものなのか。突き詰めれば結局は春弥が悪いということになるのだが。
「そうだけど、心配して何が悪いんだ」
「お前が俺を心配出来るような立場か?くそ眼鏡」
襟首を掴み、遠回しに雫は過去の春弥の所行を非難する。その話題を持ち出されると春弥も大幅に勢いを削がれて、どうしようもなくなる。話し合いが成立しなくなる。つまりは、過去の話題を持ち出すことによる対話の拒絶なのだ。雫は春弥とこれ以上意思疎通を図りたくないと言っているのである。しかしこの状況において、雫のそれは卑怯だ。
「確かに俺は岩崎みたいにアレを消し去ることは出来ないけど、殺す程度のことは…」
そう、櫻井でさえアレを握り潰したときは消し去るのではなく飛び散らせていた。雫の消し方が異質なのだ。勿論綺麗に消すに越したことはないが、退治出来るなら無理に雫に負担を集中させるまでもないではないか。
だが。
「駄目だ、お前は殺すな」
「…岩崎?なんで」
「…お前に半端にしゃしゃり出て来られても足手まといだ。それにお前は下手物も嫌いなはずだ」
岩崎の言う通り、出来ればあんなもの握り潰したくもないが、いざ生死を分かつとなればやらざるを得ないのではないか。けれど雫は念を押すように分かったな?と一度言っただけで、それ以上何も言おうとはしなかった。