第十六夜.耽溺










学校がない日に限って寝過ぎることはよくあることだと春弥は思う。
前日、むしろ明け方まで外界を徘徊していたのなら尚更である。布団と布団との隙間に置かれた目覚まし時計は朝九時を示していた。おまけに周辺は全滅。誰も起きてやしない。春弥は布団を潔く抜け出し、トイレへ向かい、その後台所への一歩を踏み出した。冷蔵庫の中には卵、牛乳、豆腐etc。
ふわふわんと背後に気配。慣れた気配。
「おはよう」
振り向きもせず告げる。すると気配は驚いたように震え、笑った。
「おはよう。あのさ、僕の上着をエプロン代わりにしないでほしいな」
「着替えるのが面倒だったんだよ」
春弥の格好は昨夜と変わらず、寝巻に彼の上着のままだ。朝飯どうするか…と呟けば、櫻井が卵を一つ手に取った。
「作ってあげようか?」
「お前料理出来るのか…?」
「侮ることなかれ。こう見えても手先は器用なんだよ」
確かに卵を片手で割る手付きは慣れたもので、ただの足下の雑草ではないと思わせる何かがある。
それからホットケーキミックス…いきなり反則である…を混ぜ合わせ、牛乳を加え練り上げる。
「…器用と言っておいてそれか」
「食材が備わってないからじゃないか。そう思うなら何処かで買っておいでよ」
朝から面倒なことはごめんだ。櫻井はフライパンに油を敷き、種を垂らした。奇麗な円。
「ていうかアレだよねえ」
「ん?」アレ?どちらのアレだ。
「案外平気だと思ってたことにショックを受けてる自分がいて、そんな自分に更にショックを受けてみたりみたいな」
「…何の話だ?」
「ははは、こっちの話。いやあそれにしても我ながら上手く出来た。料理はこういうところに差が出るものなんだよね」
「ははあ」
実にいい加減な返事であることは春弥自身重々承知している。だがどうにも料理の技術云々話されても、関心や適性がない所為かピンと来ないのだ。間もなくして焼き上げられたホットケーキの形は見事なまでに真ん丸く、美に対しては人一倍拘りのある春弥を唸らせたわけだが。
「なんでお前らがそんなに料理出来るのか、俺にはさっぱり理解出来ない」
ら、というのは櫻井の他雫と幹靖も合わせたカウントである。最近の若者男子は料理が得意なのか。これで和雄まで実は調理テクニシャンだと聞かされたら一人除け者もいいところである。昨晩の手腕を見ていた限り、特に可もなく不可もなくの腕前だった気がするのだが。
「何事も数をこなせば上手くなるのさ。君のお友達が起きて来たみたいだから僕は退散させてもらうとしよう」
しゅるんと櫻井は奇麗に消え去る。残されたホットケーキだけが芳しい匂いを漂わせている。一口食べる。…やはりミックスを使うのは卑怯だろう。
「おはよ」
「ああ…誰かと思ったら幹靖か」
まあ順当に考えて幹靖だろう。いつも雫は遅くまで起きて来ないし、和雄も幹靖とセットでない限りそうそう起きてきそうにない。…最近アレが出ないからと弛んでいるのではないだろうか。危機感が薄れて、見張りもせず普通に眠っていたりもする。喉元過ぎれば何とやらだ。全く、部活でもあるまいし四人で合宿しているわけではないのだが。春弥は冷蔵庫の野菜室からレタスを取り出しながら、部屋の片隅を見遣った。…櫻井は、電柱等の物陰にアレが潜んでいることもあると言っていた。つまりは暗いところを好むのであって、一日中日の出ない現状において、それらはとても過ごしやすい環境にあるのではないか。だがそうだとしても、何故それらは近頃大人しくしているのだろう。もともと闇雲に襲いかかって来る生物でもなかったということか?…或いは嵐の前触れか。考えたくもない。
「このホットケーキ、鷲宮くんが作ったの?」
「…そうだよ」
「ふぅん、珍しいこともあるもんだな」
疑われている。それもそうだ。春弥が作ったにしては焼き加減や成形がまとも過ぎる。珍しいどころか天と地がひっくり返ってもおかしくはない。目を反らした春弥の持っていたレタスを、幹靖はひょいと取り上げた。「み」と名前を呼ぼうとすれば、「サラダ作るんだろ?俺がやるよ」と返される。…妙だ。幹靖が冷静過ぎる。
「…幹靖」
「昨夜、岩崎と出掛けてたらしいけど、何か収穫あった?」
「いや…」
レタスに続きトマトを切る手付きに躊躇はない。至って平静そのものだ。さりげなく腰に触れてみれば、
「なに?くすぐったいな」
とかわされる始末。これではまるで春弥がかまってもらえず寂しがっている子供のようではないか。違う。彼はもっと慌てふためいて、春弥に翻弄されていなくてはならないのに。あれだけ自分の下で乱れておいて、今更冷静な顔などされてたまるか。春弥は思う。そして彼の手を掴み―――、
「おはよう…」
…邪魔者の登場か。春弥は掴みかけた幹靖の手首を放すと、玉ねぎに包丁を切りつけた。和雄は暗澹とした面持ちで通り過ぎて、トイレへと向かった。何かあったのだろうか。低血圧なだけか。
続いて雫が入ってきて、彼は不吉な一言を放った。
「…妙に甘ったるい匂いがするな」
「ホットケーキじゃないのかな?」と幹靖。
「いや、…それよりもきな臭い」
月と称されし彼の言葉に春弥は怖気を感じる。












雫は異様に鋭い嗅覚でも持ち合わせているのだろうか。
春弥は櫻井のことを思い出し、彼の馬鹿げた存在を雫が感じ取ったのではないかと憂いた。何故なのだろう。櫻井と雫とをあまり会わせたくない。初めは見えないのだからという微妙な気遣いから生じた状況だが、今は会わせるべきではないという気持ちが強まっている。何故か。
雫が月で、この世界の生命体を拒絶しやすいことは判明している。ただその事実は必ずしも=月だからではないのだけれど。そして櫻井はこの世界の住人だ。相性が良いわけがない。…だがそれだけだろうか。もっと本能的な…身体の内側が騒ぐ感覚。
ふとそんなことを考えながら、春弥は近隣の住宅へと侵入する。ドアは施錠されているものだから、窓を割る。不快な硝子の砕ける音。本来、今日の目的は食料確保なので、こんな手荒いことをする必要はないのだが、スーパーまでの道中、和雄がトイレに行きたがった。とてもスーパーまで保ちそうにないとのことで、今に至る。幹靖の付き添いはいらないのかと聞けば、「すぐ終わるから」の一言。らしくない。和雄も幹靖も、らしくない。何が変わった?素直に和雄の独り立ちを喜ぶべきか?彼が用を足している間、春弥と幹靖は並んで待っていた。「お前は良いのか?」と尋ねたら、「鷲宮くんこそ、途中で漏らさないでよ」。…高校生にもなって誰が漏らすか。
和雄を連れて更にスーパーへと距離を縮める。徒歩なので異様にとろい。自転車は盛り上がった地面に頻繁に引っかかってしまうので使えないのだ。通路は歪み、荒れ果てている。やがて目的地へと到着し、各々が持っている袋に食料を詰める。ただし生物等は傷んでいるので却下だ。加工食品等をいそいそと詰め込む。あまり良い気分ではない。
そしてこの手の詰め物は、個人の嗜好が剥き出しになる。
「…誰だこんなときにタケノコのお里なんて持って来たのは」
「鷲宮だってレーズンバタービスケッツ入れてるじゃないか」…和雄か。
「非常時ときこそ甘いものが必要なんだよ」
「全く和雄はともかく鷲宮まで何やってんだか…」
「みっちゃんそれどういう意味だよ!」ぷんすか茶番。和雄はそれでいい。
果たしてそう言う幹靖はちゃっかりカロリーメイコを詰め込んでいる。どいつもこいつも不真面目にもほどがある。確かに生の野菜や魚やは食べられなくとも、缶詰や冷凍があるので実際それほど食料に関しての危機感はない。駄目駄目だ。いつかは無くなるのだから、もっと吟味して選ばなければならないというのに。スーパーなんていくらでもあるのだから遠出すれば良いか?そういう問題でもあるまい。春弥は袋の結び目を締めると、立ち上がった。
「じゃあ戻るか。…和雄持てるか?」
「馬鹿にすんなよ鷲宮、俺だってこれぐらい持てるさ」
そのわりによたよたしているが。結局和雄は荷物の半分程度を幹靖の袋に入れてもらって、事なきを得た。それでももたついている。
帰り道。以前雫と出掛けてスムーズに事が運ばなかったのは、雨が上がったばかりだったからなのだろうか。今日は鮮烈な水たまりもない。ただ、僅かに苛つく火種がある。幹靖だ。あまりにも何事もなかったかのような顔をしているのが気に入らない。
そして案の定、途中で和雄は休憩しようと音を上げた。彼は小柄な故に貧弱だ。通常の生活においては必ずしも欠点とは成り得ないが、…現在のような状況下では。
ついでに雨が降って来てしまったため、近隣の家にまたもや押し入った。居間のソファでぐたりと怠ける。雨が上がるまでは出られそうにない。…先程までは晴れていたのだが…通り雨だろうか。ソファを見ると、和雄は寝入っている。…昨晩は春弥や雫が出たり入ったりしていて眠れなかったのかもしれない。春弥が雫と家に帰り着いたときも、彼は何故か幹靖と洗面所にいた。…幹靖はそんな和雄を愛おしげに見つめている。いつものことか?だが、どことなく気に食わない。
「…幹靖」
近付いて、頬に触れる。吐息さえも触れそうな距離で、彼は静かな眼をしていた。ぷつ、と春弥の中で何かが引き千切れそうな音がする。一人で盛り上がっていることが虚しいとかそういうわけではない。ただ彼が、一度は自分の支配下に落ちたはずなのに、いつのまにか逃れ出てしまったかのようで酷く苛ついた。自分は一度寝たくらいで調子に乗っている男なのだろうか?春弥は沸々とした思考で思う。だとしたら相当タチが悪い。
「やっぱり、こういうのは良くないと思うんだよ」
彼は淡々と述べる。良くない?何が。今更。端から良いと思ってすることではない。彼の言葉は白々しい正論に過ぎない。
「鷲宮くんだって、この間一回して満足したろ?…お互いのために忘れた方が良いんじゃないかな」
お互いのために?…お奇麗な言葉。お奇麗な面立ち。健全なる精神。素晴らしいではないか。この場で滅茶苦茶にしたくなるくらいに。
「…分かったよ」
「鷲宮…」
…ほっとした顔。緊張が解けたのか、彼は席を外し、手洗いに行って来ると言う。眠っている和雄を一人には出来ないから其処にいてくれ。随分と都合の良いことを言うものだ。それが協調、連携だと言わんばかりの。春弥は音を立てぬよう立ち上がると、閉められるドアの隙間につま先を突っかけた。スリッパを履いていなければかなり痛かったろう。
「鷲…」
驚いた彼の油断を突いて狭い個室内に入り込み、後ろ手で鍵を掛ける。予想外の春弥の行動に唖然としている彼の両腕を掴み、蓋が閉められたままの便座の上へと座らせる。強張った表情。今からされることは容易に想像がつくのだろう。彼はもがいた。
「っ、放してくれ、っ鷲宮……」
「やだ」
「っさっき分かったって…っ」
あんなもの、素直に信じる方がどうかしている。それとも彼自身、疑い半分で信じたかっただけだろうか。彼自身、以前は意地の悪いことも言っていたのだから、一方的に非難される覚えはない。嘘や嘲りは日常茶飯事だったはずだろう。世界が軋めいてから、少し考え方が生温くなったのではないか。
…そう感じるのは、元より人の良い性格だったと、春弥が認めたくないがためなのか。何故?
「ん、んむ…っぅ」
唇を押し付けて黙らせる。舌を吸い、漏れる吐息まで飲み込む。男同士で好きでもないのに口付けるなんておかしいのだろうか。そう、彼のことなど好いてはいない。同情する余地はあれど時折忌々しく感じるほどに。でなければこうして無理矢理抱こうとすることなど有り得ないし、他の男の前では見せぬ顔を、自分の下で曝け出させたいという思いはないはずだ。熱に浮かされてとろけるような眼差しも、自分だけが知っていればいい。
腕を放し敢えて彼の抵抗を許してから、春弥はシャツに両手を潜り込ませ、両の突起を摩り擦った。この間の行為で身体が覚えているのだろう、其処はすぐに硬くしこった。
「っん…っん、くぅ…っっ」
「ここ弄られるの好きだろ?」
「ちがうっ、やめ、…っぁ、ん…ッ」
屈み込んで、剥き出しにした突起を舌先で転がす。甘みを帯びた声が漏れ、彼は途端に悔しげな、それでいて泣きそうな顔をする。二度目なのだからいい加減素直によがればいいものを、なかなかどうして諦めの悪い。ただ春弥自身は、彼の快楽で辛そうな顔は嫌いではない。愛撫をやめて、もう一度彼の唇に己の唇を寄せる。
しかし今日は縛るものがない所為か、突っ張る腕が煩わしい。
「別に痛いことしようってわけじゃないんだぞ」
腰には負担も大きいだろうが。
「煩い…っ、俺はもうこんなことはしたくな…、っあ…ッ!」
胸の突起を吸い上げると、びくんと彼の身体が震えた。…同意は得られそうにないのだから行為の続行は仕方ないだろう。舌で突起を転がしながら、もう片方はしこった芯を摘み解すように指と指とで擦り合わせる。
「っあ、ぁ…っ、や…ッ、っだ、め、駄目だって…っ」
「こっち触られるのとどっちが駄目なんだ?」
片手で突起を弄りながら、さわ、と股間を撫でる。するとあからさまに彼の腰は震え、じわりと其処は濡れる。彼は浅く喘ぎながら、目尻に涙を滲ませた。
「…本当に駄目なんだって…っ」
「何がだ?」
帰りのことだろうか。こうなれば上着を腰に巻いて帰るしかないと思うが。
「…この行為自体もそうだけど、それよりも…」
「ん?」
「トイレに行きたい」
…一瞬思考停止したのち、春弥は現状を把握した。そういえば彼は手洗いに行くと言って席を立ったのだ。そうなると。
春弥は笑みを浮かべた。
「何言ってるんだ、トイレは此処だろ」
「いや…鷲宮?」
「したかったらすればいい」
ほら、と困惑の色を浮かべる幹靖を立たせて、横からスラックスのファスナーを引き下ろす。その瞬間、彼は春弥の言わんとすることを理解したらしく、先程までとは比べ物にならぬほどに顔を真っ赤に染め上げた。予想通りの表情に、春弥の頬も歪に緩む。
「っいくらなんだって…!」
「うん?男同士で何を気にする必要があるんだよ。それとも幹靖は男子トイレに行ったことすらないのか?」
「あ、るけど…!」
便座と壁の狭い隙間に座り込み、春弥は散々胸を弄られて半勃ちになっている彼の性器を掴んだ。先走りの汁が溢れて、いやらしく惨めな姿。尿道口を指先で擦り立てる。
「ほら、したかったんだろ?」
「っう、ぁっ、…やめ…っ」
頬を紅潮させ悶える様は、今すぐ挿入してやりたくなるくらいだ。それをぐっと堪え、指で秘部の周辺を触れる。
「ッふぅ、うう…っや…っ」
尿意を堪えようと必死なのか、無意味だろうに彼は身を捩らせる。
だが彼の意思とは裏腹に彼の性器は熱くそそり立ってきていた。透明な汁が、性器を下って締まった太腿の方へと垂れ流れていく。
「これ以上弄ると別のものが出そうだな」
「ふ、っ…」
中途半端に触れられて辛いのか、或いは尿意が限界に達しているのか、彼の瞳は濡れ揺らいでいる。自力で立っているのも辛いらしく、鍵を掛けたトイレのドアに寄りかかる。スラックスの上からでも分かるすらりと伸びた脚の付け根で、露出させられた性器だけがぬらぬらと液で輝いている姿は、酷く淫猥だ。
「も、もう…お願いだから、鷲宮……っ」
懇願する声の響きさえ春弥をぞくぞくさせる。
「心配しなくとも、ちゃんとお前がするところ見ててやるよ」
「そうじゃなくて…、っ…っ、っも、うっ、っだ、め、っ駄目…っ、出る…っ」
びく、と彼の中心がしなり、先端から薄く色付いた液が勢い良く放たれる。狭い個室内に無慈悲に響き渡る水音。止まらない。
「頼むから、…っそんなふうに…見ないでくれ、…っ」
彼は耳まで顔を赤くし、今にも羞恥のあまり舌を噛み切りそうな面持ちだ。
「…何がだ?漏らしたわけでもあるまいし、そんな恥じらうこともないだろ?」
いやしかし、此処からだと尿を噴き出してるところがよく見えるよ。そう言って笑えば、彼はこれ以上にないほど恥ずかしげに俯いた。目許には涙。そして薄黄色をした液の勢いが弱まりかけて終わりかと思いきや、白濁した液が先端から噴き出した。
「…あ、……ッ」
彼は腰を大きく震わせつつ、耐え難い快感に襲われているかのように目を瞑った。空を仰いだ中心から、それはびゅくびゅくと飛び散る。
予想外というべきか、想像していた以上の痴態である。さすがに春弥も唖然としつつも、目の前で繰り広げられたあられもない光景に思わず笑みが浮かんだ。
「『おしっこ』するところを見られて感じただなんて、とんだ変態だな」
「ち、違…っ!今のは…っ」
「違わないだろ?直接ろくに触れてもいない…露出願望でもあるんじゃないのか」
学校の男子トイレでも、本当は見られたくてうずうずしてたんじゃないのか?春弥は嘲った。
たちまち顔を火照らせた彼の腕を掴み、無理矢理立たせる。さすがに此処では狭くて続きはしにくい。春弥はドアの鍵を外し、一旦場所を移動しようとした。だが逆に、彼に服の袖を掴まれた。
「…どうした?」
「…ッ」
彼は縋るような眼で春弥を見つめたかと思えば、すぐに首を振った。片手で皺の寄ったスラックスを押さえる。
「何でもない。…もう戻っても…」
…この期に及んでまだ逃げるつもりなのか。春弥は内心舌打ちして、彼をすぐ隣の部屋へと連れ込んだ。和室なので鍵はない。ぴしゃりと戸を閉めて、華奢な身体を畳の上へと押し倒す。どうせ衣服は乱れている。すぐに和雄のもとに戻れはしない。
「…鷲、宮……その、和雄を待たせてるわけだし…」
「関係ない。それに…まだこっちが物足りないだろ?…」
「…っ」
俯せの体勢になっている彼の尻を撫で回す。スラックスを引き下ろし、ポケットに忍ばせていたローションを指に塗ったくり、差し込んだ。彼の敏感なところは前回の行為で分かり切っている。
「っひ…あっ」
ひんやりとしたローションを擦り付けるように責め立てる。其処はひくひくと収縮して、春弥自身が入ってくるのを待ちかねているようにも見える。本当に男に責められる趣味でもあるのではなかろうか。だがまだ早い。順当に指の本数を増やし、少しずつ中を解していく。
「ん、んん…っ」
見ようによっては焦れったいほどで、春弥の場合先程からずっと焦らされ続けている。一度くらい口で舐めさせて抜いても良かったが、彼が素直に舐めるたまとは思えない。しかし案外…彼の被虐性を考えれば受け入れてくれないこともないかもしれないが…万が一にも噛み切られるのはごめんである。
「っんん、っぅ…んっ…っや、もう…っ」
「もう、なんだ?」
今日は随分音を上げるのが早い。ましてや行為続行を拒否したいと言っても受け付ける気はないが。
彼の瞳は熱で浮かされたかのように濡れそぼっている。春弥は返事を待つ代わりに中で指をぐちゅりと突き立てた。水滴が目尻から零れそうになる。
「ッあ、ぁ…っ、ちが…っ」
「幹靖?」
「っ…、っ鷲宮、のが欲し…っ」
…初め、聞き間違いかと思ったが、そんなことはどうでも良かった。余程切羽詰まっていたのかもしれない。本当はこの瞬間だけを待ちかねていたのかもしれない。春弥という個人を、彼が欲するのを。受け流す余裕さえなく、春弥は己自身を突き入れた。…異様な興奮。
「ッああ……っ」
喘いだのはどちらだったか。生暖かく締め付けられる感覚に、くらりと意識が飛びそうになる。春弥は懸命に自制しつつ、腰を揺すり彼の中に己を擦り付けた。断続的に強くなる締め付け。卑しく肉と肉がぶつかり合う音が響き渡る。
「っあ、ぁ、ん…ッう、ぅ…っあっ」
「…ぅ…ッ」
「は、ぅんんっ…あ、ん…っっ」
接続部からは出入りするたびにローションがくちゅりと溢れ出て、艶かしい太腿に滴り落ちる。だがそれ以上に、春弥の視線は程よく締まった尻に注がれた。日頃は衣服に覆われ、一度も日に焼けたことのない肌の白さ。加虐的な発想が春弥の脳裏を過る。目の前には快楽に喘ぐ彼の姿。だがもっと、もっと彼を自分の従属下に強く縛り付けておきたい。…己を押し込んだまま、彼は平手で形の良い尻を打った。
「……ひ、う…っ!」
当然の如く幹靖は呻く。けれどその瞬間、締め付けが強くなるのを感じて、春弥はもう一度手を振りかざした。叩かれた皮膚が赤く色付き、熱を持つ。鮮やかな赤色。たまらない快感が春弥を貫く。
「っ、鷲、宮…っ!」
「っなあ、…おかしいな、幹靖」
すっと彼の性器に手を伸ばす。尻を叩かれて、萎えるどころか勃起している其れ。締め付けてくる内壁。
「…お前、痛くされて気持ちいいのか?」
「っそんなんじゃ…!…っん…!」叩いた。きつい締め付け。とてもではないが、耐えられるものではない。
しかし春弥は労るかのように繋がった部分をそろりと撫でつつ、ぼそりと聞こえる程度に呟いた。幹靖は突っ込まれたまま叩かれてイきそうになっている。
「本当に変態…否、淫乱だな」
「……ッ!」
案の定、きゅうっと強く締め付けてきて、春弥は息を詰めた。高く掲げさせた尻を押さえつけ、根元までずぷりと一気に突き上げる。内部の押し返そうとする抵抗を捩じ伏せ、埋め込む。おそらく征服欲と呼ばれる代物。そのままがくがくと腰を揺らす。
「っん…!っんう…っぁあ…ッ…深、い…っ」
「これが…、欲しかったんだろ?…っ」
聞けば先程の痛みと快楽でだいぶ意識が朦朧とし始めているのか、彼はコクコクと素直に頷いた。春弥は彼の心身を犯していることに、改めて身体の芯が高揚するのを感じた。強い欲情。その勢いのまま、中に己の種を流し込む。
「鷲、宮っ……」
中で出された拍子に彼も達したらしく、畳には白濁した液がぬらぬらとこびり付く。春弥は自分自身を引き抜き、俯せになったまま息を荒げている彼の顔を覗き込んだ。快楽に溺れきった表情。無防備に秘部から精液を溢れさせる姿は、春弥をもう一度昂らせるには十分だった。