気のせいか、ボクがトイレから戻って来た後、三人の空気が微妙におかしかった。
まさかほんの数分で三人の関係は三角関係に発展してしまったとか。
それかレモが志賀君に、夾子には手を出すなとボクのために言ってくれちゃったりしたとか。
考え過ぎだ、きっと。
多分まだ親しくないから、ぎこちなかっただけだよね。うん。
だけど紫色の世界に行ったら、レモは少し真面目な顔でボクを待っていたんだ。
この世界では、レモは学ランではなく白いブラウスを着ている。
制服よりは、この世界の格好の方がレモは大人びて見える。当たり前か。
「どうしたの、レモ」
ボクはレモの三つ編みに結ってある髪を軽く引っ張った。
ほどけそうになって慌てる。もったいない。
別に三つ編みが珍しいわけじゃない。彼はボクの記憶にある限りずっと前からこの髪型だから。
「今日は克也に話があるんだ。」
「改まっちゃって、なに?」
いきなり学校に転校して来て、この上、まだボクを驚かせるつもりなのだろうか。
「シガのことなんだ。」
シガって志賀君のこと?発音が違うからボクはちょっとばかし戸惑った。
「この世界と克也の世界の違いさ。この世界では、志賀はシガだ。」
「でもボクのことは『克也』のままなんだろ?」
レモは眉を寄せ、困ったように口に手を当てた。
どうすればボクにも分かるように説明出来るのか、悩んでいるみたいでもあった。
ごめん困らせるつもりはなかったんだけど。
そう言おうとして、レモが視線を上げた。
「克也とシガは違う。シガはこちらの世界の人間なんだ。」
「え?」
「彼奴は危険だ……二人きりにはなるな。」
危険って何?こっちの世界の人間ってどういうこと?
理由も教えず危険だなんて言われても分からないよ。
ボクの困惑を分かっているかのように、レモも困った顔をしている。
……そうだ、レモは昔から抽象的な物言いばかりする。
どうにも、具体的な説明とか、得意じゃないみたいで。
彼はしばし逡巡したのち、ぎこちなく、口を開いた。
「僕とシガは両方、克也の中にある存在なんだ。僕は夢の中、夢幻派に所属し、彼は君の深層意識、深層派に属している。」
レモがボクの中にある存在だってのは、なんとなく分かるよ。
今日まで、この世界にしかいなかったんだから。
けどさ……。
彼は説明を続けた。
「夢は深層意識の現れ、と世間は言うらしいから、この名称は少しおかしいのかもしれない。克也が気に食わないのなら、意識Aと意識Bと呼んでくれてもかまわない。」
いや、いいよ。余計ややこしい。夢幻派、と深層派、だね?
すごいな、いつのまにボクの中にそんな派閥が出来上がっていたのだろう。
正直信じ難い話。
だけれど、レモはボクに嘘をついたりはしない。昔から。
だからボクは、彼の言う事を疑いもせずも信じた。
「でもどうしてそれで志賀君が危険なの?」
レモは渋い顔だ。
そしてまたもや、ボクを悩ませるような曖昧な言葉をその形の良い唇から紡ぎ出した。
「彼ら…深層派は克也を飲み込もうとしている___」
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