00. Prologue





1-1.Aのケース

おれは罪を犯した。
罪って言ったって大した罪なんかじゃない。ちょっと通りすがった女を家に連れ込み、ヤッて殺しただけだ。 なんでそんなことをしたかって?どっちだ、ヤったことか?だとしたらヤりたかったとしか言い様がねぇよ。 スカートから覗くあのむちむちとした足を見て、男ならだれだってむらむらくるだろうよ。
来ないほうがどうかしてる。そいつはインポかオカマだ。間違いねぇ。

なに?仮想空間で抜けばよかった?

ばっかだなあんた。澄ました顔してそんなこともわかんねぇのか?
おれだってよぉ、最近はあの空間でどこぞの女と散々ヤりまくってたんだよ。
けどよ人間ってのは不思議なもんでよお、いくら抜いても駄目なときってあるもんなんだよ。 まあおれの場合は単に飽きちまったんだよ。仮想空間ってやつはあたりめぇだがヤりたがってる女しかこねぇしな。おまけの頭の隅には結局ニセモンだって意識がこびり付いてやがる。 そんなときに、外に出てそんな挑発的な格好の女を見たら、どうだ? 匂いが違うんだよ。女の匂いだ。それにあの生々しさ。分かるか?この緊張感。 やっぱ生はちがう。ニセモンセックスとはわけがちがうのよ。

はっ、てんで感心のねぇって顔だな。
あんたみたいな青二才じゃまだわかんねぇんだろうよ、あの醍醐味ってやつをよ。
なに?何故殺しただ?ああ、そうだったな。
そいつも簡単な話よ。あのアマ、事を終えたら逃げ出そうとしやがったからよ。ちょっと押さえつけたらぽきっといっちまったんだ。ああ?何故?だから逃げ出そうとしたからだってたった今説明しただろうがよ。 はあ?…ああ、ヤったらもう用はねぇんだから逃げてもかましねぇだろうってか? ほんとばかだなあんた。逃がしたらどこに連絡するかわかったもんじゃねぇだろ。そしたらおれはどうなる?あの女が連絡したせいであんたらみたいな連中に捕まえられるだろ。はーあ?反省?ああしてます申し訳ありませんでしたって言やあ満足なのか?そんなもんな、するくらいなら最初っからするわきゃねぇだろう。常識だ。

その女を逃がさずにどうするつもりだったか?だあ?

しっかしなんだ、あんたらみたいなエリートはそんなまどろっこしい喋り方をしなきゃなんねぇのか。 だとしたらおれは一般市民で正解だったな。あんたと話してると背中が痒くてたまんねぇよ。 っあー?テレムと交代するだ?やめてくれよ、まだ人間なだけあんたのほうがましだ。 それでだな、女を逃がさずどうするかだったっけか。
そういう場合決まってんだろ、記録に残してちくらせないようにしてやんのさ。
後は満足するまでおれの便器だ。ったく、あの女が逃げ出そうとさえしなけりゃ今頃遊び放題だったってのによ。
なんだ、反省しろってか?あんたもしつけぇな。
口先だけの反省なんてしてもしょうがねぇだろ。
評価が下がるだあ?おれぁよう、こんなところに連れ込まれたこと自体は・じ・め・てなんだよ。
評価が下がったらどうなるってんだ。…

記憶の消去だ?冗談じゃねぇよ…
そらいったいどういうことだよ。
一般市民に害を及ぼすと看做される者は?なんだァ、あんたらはおれらを幸せにするためにせっせと働いてんだろうがあ。
…はん、反省したらいいんだな?あーあー分かったよおれが悪うございました。
遺族の方々及び事件の被害者である女性に深くお詫び申し上げますぅ。
おら、さっさと書けよ。朱印?っち、めんどくせぇ。旧式だな。
これでいいんだろ?かえんぞ、さっさと開けろや。

ったくよぉ、あの女さえ逃げ出さなけりゃよ……
……くそが……なんでおれがよ…
…………………







1−2.Kのケース




エリートさん。
是非とも私の話を聞いてください。ああ、その前にお名前を聞いてもよろしいですか?
人と話す上でお互い名乗りあうことは大切ですから。私はKです。
はい。えっ、名前をおっしゃってはいただけない?
どうしてですか。そこをなんとか。このとおりです。お願い致します。
そうでないと私はあなたとお話が出来ません。お願いです、させてください。
…決まり、ですか。そうですか。
でしたらせめて偽名でもかまいません、私に教えてはいただけませんでしょうか。
はあ、はい。はい。Hさん。Hさんですね。理解致しました。有難うございます。

それで私の仕出かしたことを、Hさんは知っていらっしゃるのですよね。
どうもお手数お掛けして申し訳ありません。
ですが大事なのはその前、私が事を仕出かす前なのです。
私はそのことをお話したい、いえ、させていただきたいのです。
時間はどの程度なら平気なのですか?はあ、二時間が限度。そうですか。
大丈夫です。私は黙秘などしたりしてHさん方を困らせたりするつもりはありません。
話してしまえばものの数分で終わります。ですがそしたらHさんともお別れですね、悲しいです。

Hさんはこのお仕事をなされてどの程度になるのですか?
ああ、いえ、いいえ、申し訳有りません。余計なことを。
ただ私よりも若いのにご立派だなと思っただけなのです。失礼致しました。
エリートさんがエリートなのは当然ですよね。

さて、どこから話せばいいでしょうか。
Hさんもお忙しいでしょうから、手短にお話させていただきます。
私は生まれて数年もすると、ある教会に通うようになりました。
母がそこの教徒だったがために、私がそこへ通いだすのもまあ当然の成り行きだったのでしょう。 私は敬虔な信者でした。ああ、宗教の内容を申し上げたほうがよろしいでしょうか? はい、ええ、ご存知でしたか。え?私のためにわざわざ調べた?それはどうも。本当に。 ご存知ならそれはそれでかまいません。
そうです、その教会では、我が子を食すことで己、自分自身を高めることが出来ると教えられておりました。
気高く、そして清らかに美しく。子供の純粋無垢な身体を自身に返すことで、より美しく芽吹く。 私は敬虔な信者でした。先程も申し上げたとおり。ですから、実行致しました。 結果はというと、こんなことを言うと怒られてしまうかもしれませんが、えらいまずかったです。 鶏肉や牛肉、豚肉とも違う肉の味。Hさんは召し上がったことは…ありませんか、そうですか。 ちゃんと焼いて味付けもしたんです。柔らかかった。しかしまずかった。あれはありません。 教会内でもそれは意見の分かれるところでしたから、味覚又は子供の味が違ったんでしょう。 他人の子を食べたことはございません。罰が当たります。

夫はそんな私を理解しませんでした。
そして通報。…悲しいことです、私が常に美しく、穢れ一つなくありたかったのは、彼のためでもあったのですから。 歳を老い、醜くなる。そんな私を、冷めた目で見ていたにも関わらずです。
Hさん、ご結婚はなされているのですか?
…それも言っては駄目。そうですか、決まりというものは厳しいものですね。
若い人と話したのは久し振りだったものですから、つい色々と聞きたくなってしまうのです。

私はどうなるのですか?
反省はしておりません。私は、他の方々よりも反省というものの大切さは心得ているつもりです。 ですが、ここ数日の、私の行動になんら反省すべき点はあったでしょうか? 実際私自身、何故此処にいるのかも分からないのです。
子供は私のものです。私が外界からの栄養を取り入れて、せっせと腹に溜め込んだ結果です。他の人に私の子供を作ることが出来ますか?出来ませんでしょう、ならあの子供は私のものです。なんですって?体外受精?Hさんあなたなんということをおっしゃるのですか。違いますよ。今の時代、体外受精が当たり前ですがね、私は違います。昔のやり方に拘ったんです。でなければ妙なトラブルが起きて面倒でしょう。私は争いごとは好きではないのです。

ああ喉が渇きましたね。話し過ぎたようです。
水?いいえ、そんなことでHさんの手を煩わせるわけには参りません。自分で汲んで参ります。あ、勝手に出てはいけない…そうですか。ではそろそろ切り上げましょう。Hさんは私に何かお聞きになりたいことはございますか?特にない、以上…そうですか、寂しいですね。まあ、お仕事ですからね。それでHさん、私はどうなるんです?記憶を消されて一からやり直しですか?それも悪くありません。ですが出来れば存在自体消していただきたい…え、そうですか、そうですか。消しますか。私が望んでいるから消すんですか?優しいんですね。はい、はいどうも。
今度生まれ変わるときは犬にでもなりたいですね。
子供を食べようとした日、庭で飼い犬が寝転がっているのを見ていいなあと思ったんです。
あ、犬にしてくださいますか?ちょうど犬の器が空いてる…それは…有り難い。私は幸せ者ですね。
はい…では。今日はどうもありがとうございました。





1−3.Mのケース



ママンに逢いたいよぉ。
怖いよお、帰りたいよぉ。ママーっ。
え?おはなしすればいいの?でもぼくなんにもしてないよ。
ママンにおかいものしてきて、って言われて、行っただけなんだよ。
ちゃんと電子ペーパーに表記されたとおりのものを買って帰ったんだよ。
万引き?なあにそれ。お金を払わずにものを持ってくことぉ?
そんなことしてないよ。ぼくちゃんとカード当てたよ。
えっ、えっ、おにいちゃん何言ってるの?こわいよぉ。
してないよ。してない。してないってば。うわぁんママーっ。
えっ、おかいものに行くのは何回目?
三回目…こんぴゅーたーで買っちゃえばいいのに…ぼくのためだって言うんだ。
いまの時代、こどもの運動きのうがていかしてるからなんだってさ。
ぼくはむかしの子のことなんか知らないのに。
だってえすかれーたーも電子ボードもないなんて信じられない。
え、なに?
知らないっ知らないってば。ひどいよ、なんなのさあ。
ちがうよ、ぼくじゃない。似てるだけだよ。
カードのICNo.が同じ?知らないよ、これママのだもん。知らないっ。
知らないってば、信じてよぉ。この子がぼくのカードを盗んだんだ。
ぐすん。うえぇ、うわぁあん。こわいよぉひどいよぉ。
うっく、ぐすん、うぅう。知らないよぉ、ぼくじゃないよぉ。
えっ学生証?…あるよ、ぼくまじめな子だから。
はい。学生No.とぼくじしんのNo.は同じかって、あたりまえじゃない。
え、え……。この子のNo.がぼくと同じ?
おみせに入った瞬間、カウント……。なに、え、っなになに?
なにいってるの?
え?
……そうなの、そんなこと言うの。
ふん。だったらなんだって言うのさ。
万引きなんか大したことじゃないじゃんか。
だってママンがカードに余計なおかねを入れておいてくれないから。
ぼくはちゃんと欲しいものがあるって言っておいたもん。
ママンが悪いんだよ。
なに?万引きしたあとどうした?
帰ったよ。…そのまえ?
…どうせ知ってるんでしょ、知った上で聞いてるんでしょ。
お兄さん性格悪いってよく言われるでしょ。
だってあのおじさん、ぼくを呼び止めたんだ。
万引きしちゃだめって、なにさま?それであんまりしつこいからスタンガンで。
ママンが持たせておいてくれたんだ。さいこうでしょ?
なあに、あのおじさん死んじゃったの?
いいじゃんどうせまた奇麗になって生まれ変われるんだからさ。
薄汚いおじさんだったもん、どうせ誰にも好かれてやしないよ。
……、……あ、ママン!
知ってるんだよ、どうせ十五歳以下は記憶の消去できないんでしょ?
だったら帰っていいよね。ママンが待ってる!
反省文?わかったわかった、後で書いて送るから。

…ママン、ママン。寂しかったよぉ。
……今夜のメニューはなに?ビーフシチュー?
……………わあいママンのビーフシチュー大好き。

………………ら、はやく、帰ろう?
……………………………アハハ、アハハハハ