00.epilogue






「何故、元取締官ともあろうあなたが罪を犯そうだなんて思ったんです」

男は、そう言って元同僚であった罪人の顔を何の感情もこもらぬ眼で眺め回した。その声色にも嘲りや侮蔑、戸惑いなどといったものはない。彼は調書に印刷された文章に視線を走らせると、改めて元同僚の発言を待った。やや窶れた面持ちの元同僚は髪をかきあげながらため息をつく。

「強いて言うなら若気の至りだな。どうしても許せなかったんだ」
「けれど反逆罪は死刑です。国民でさえこの罪に関しては釈放はまずない。死刑以上に重い刑がないと承知で罪を犯したのなら、強い悪意があると受け取られても仕方のないことだと思いますが」
「そうだな、きっと俺は悪意があったんだろう」

元同僚は天井を仰ぎ、目の前で調書を片手にこちらを見遣る男に負けず劣らず澄ました顔で指を組んだ。男の顔をちらりと見ると一瞬だけ眉間に深い皺を寄せ、もう何度目かも分からぬ溜め息を吐き出す。

「…なあ、H」
「なんです」
「お前、俺に言われたこと覚えてんのか?」
「あなたの苦し紛れにした言い訳のことですか」
「そう」
「それがどうかなさったんですか」
「覚えてるんだな」
「忘れる理由がありません」

調書に記述する筆は止まったままである。元同僚は僅かに微笑んで、感情の動きのない瞳を見つめた。

「…なら、良いんだ」